そこには煌めく水面があるはずだった。
己の記憶は至って確かであり、一つ向こうの砂漠には確かにオアシスがあった。
しかし目の前には砂の海以外に無い。
一面の黄色い砂。
雲一つ無い透いた水色の空。
真白い太陽。
ああ、死とはこうも清浄で音の無きものであったか。


「アンタは、死なせない…ッ」


すぐ真横から聞こえてきた男の声に世界が音を取り戻す。
乾いた嵐が砂を巻き上げる音。
己の両膝が砂に沈んでいく音。
耳障りなか細く荒いだ呼吸。
澄み渡った意識が再び掻き乱され濁り始めた。


「アンタ、家族多いんだろ」


もはや話すだけの体力もなかろうに。
呼吸は苦しげに途切れさせながらも言葉だけは決して途切れさせようとはしない。
大した気力だ。
もはや乾き切り、砂の張り付いた口内から声を絞り出し男は喋り続ける。
ハバキ・クロウと言ったか。
歳若い息子が留学している国の生まれだったように思う。


「俺、は…今はもう養父さんしか、いない」


自分はこの男に背負われているらしい。
そうか、この男は自分を背負って歩いているのか。


「養父さんは大事だ。掛替えが無い」


父親でもない自分を背負って、歩いているのか。


「アンタはたくさんの家族にとって掛替えの無い父親なんだろ」


一面の黄色い砂の上。
雲一つ無い透いた水色の空の下。
真白い太陽に照り付けられ。
音の無い死を振払うように、濁音の全てをその身に受けて。

己の死を恐れることもなく、他人の生を切り開くために。





「───だから、死なせない…!!」





神よ、どうか。
この勇敢な男の頭上に生を。