「君はそうやって《悪い魂》のいいなりなってしまうつもりでしゅか?」


ならば自分が彼の《悪い魂》を吸い上げてあげなければいけない。
そうすれば彼もきっと判ってくれる。
そうすれば彼もきっと幸せになれる。
みんな、みんな、幸せになれる。


「そうやって全てを《悪い魂》のせいにすれば確かに楽だよなあ?」


自分だってそう、幸せ、に。


「『汝の隣人を愛せ』。
 愛すべき隣人のために何もかもを差し出すことが幸福への近道だっていう、
 実にありがたい教えだ」
「そ、そうでしゅ!
 だからこそボクは…」
「けどな、この『汝の隣人を愛せ』には重要な前置きがある」
「前、置き…?」
「『汝自らを愛するが如く、汝の隣人を愛せ』」
「…!」
「そのココロは、『自らを愛するが如く、他人を労り、慈しみ、心を開け』ってコトだ」
「しょ、しょれは…」
「自分を愛せない奴に、他人を愛すことができるか?
 自分を愛せないお前に、他人を愛すことができるのか?」
「ボクは、ボクは…ッ!!」


痛い、頭が痛い。
頭の骨にひびが入って、何か、温かい何かが溢れ出しそうになる。


「できないんだろ?」


ひだまり色のカーテン。
空っぽの鈍い銀色の給食鍋。
子供達の揶揄と嘲笑のエコー。
そして。





「───自分の愛し方も判らないのに、どうやって他人を愛せばいい」





瞼の裏に優しく浮かぶ、濃い焦げ茶色の古ぼけた聖書と小さな掌。