「…雛川先生はどこですか?」


遺跡の奥で待つこと一刻。
自分の視界へと入ったそれは一旦辺りを見回すと開口一番そう言った。


「……、ふッ。
 そうか…さては色仕掛けで拙者を懐柔するつもりだな?
 葉佩九龍───女子を使ってくるとは卑怯千万也ッ!!」


目の前には眼鏡の女生徒。
左の耳に小さな玉の揺れる耳飾りを付けている。
図書室で良く葉佩九龍と接触している女だ。
よもや共謀者だったとは。
葉佩とこの女子に謀られ他《執行委員》達は果敢なくも散って行ったのだ。
許すまじきは葉佩九龍。
そして葉佩九龍の悪謀に加担する共謀者である。


「色仕掛け…成る程、色仕掛けになりますか」
「そうであろう。
 おぬしのような女子を寄越せば拙者の刀が鈍るとでも考えたか。
 だが残念であったな!
 たとえそれが女子であっても、
 遺跡へと足を踏み入れた者を《処罰》することが《執行委員》である拙者の役目。
 おぬしに恨みは無いがこれも定命…、覚悟めされよ!!」


《転校生》が卑劣な奸計を用いて《執行委員》を陥れいたことは既に承知。
そして今、我が左目を通じて明白となった。
拙者がこの手で引導をくれてやらねばならぬ。
もしそれが罠であれば、正面から堂々と打ち破り返り討ちにも討ち果たすまで。

しかし女は気圧されるでもなく、口元へと利き手を添えると静かに口を開いた。


「最後にもう一度確認してもいいですか?」
「何だ?」
「真理野…さんは遺跡に入る前に葉佩さんへメールを送ったという事実無いんですね?」
「? そのようなもの、送ってはおらぬ」
「そして雛川先生の所在にも心当たりは無い、と」
「諄い。
 拙者は正々堂々と葉佩九龍と死合いをするために此処にいるのだ。
 貴様らのような奸計を仕組む者共と一緒にされる覚えはない!」
「…判りました」


数秒程思案するよう停止し、利き手を口元から離す。
そして目を閉じて溜め息とも深呼吸とも判ぜぬ呼吸を一つ。
ゆったりと瞼を上げ、先程とまるで色味の違う温度の低い双眸を除かせると、
太腿に巻き付けてあった拳銃をその装備と共に外し、床へと放り投げた。


「では、こちらも重火器等は一切無し。
 文字通りの"真剣勝負"といきましょう」
「!」
「私は葉佩さんの代理、これならば問題は無いでしょう?」


銃と床が衝突した悲鳴の余韻が響き残る中、眼鏡を外すとそっとケースに納める。
それを丁寧にも床の端、要して壁の隅へと置くと、
上半身を起こすに合わせ流れるような動作ですらりと白刃を抜く。
手練の動作。
武士もののふの剣圧。


「己の…己と葉佩さんの身の潔白は、この刀でもって示させて頂きます」


気圧されている。
その白い刃に。
女子の不敵な笑みに。
瞳の奥に潜められた静かな殺気に。
息を飲む。
冷たい汗が背を伝った。

呑まれる。





「古人曰く、『武士道とは死ぬことと得たり』…───行きます」





次の一瞬、白い残影が冷たく鼻先を霞め過ぎていった。