Spice of love.


皆守甲太郎はカレー奉行である。

カレーに関して彼は、一家言どころか百家言近く持ち合わせている。
それはカレーを作るところから始まり、盛り付け、付け合わせ、
更には食べ方、しまいにはカレーに関する種々様々なトリビアと、
もはやマニアックとかオタクとかいう領域で、
カレーについての一切を彼は全霊全身事細かに取り仕切るのである。


「だからな、クミン・コリアンダー・チリ・ターメリック。
 この4種類のスパイスがあればそれでもう立派なカレーなんだが、
 俺としてはフェヌグリークを効かせて…」


ともすれば、奉行に仕切られる与力や同心もとい仲間達は、
皆守の手際に瞠目し、そのこだわりに適当に耳を傾け、
不要な蘊蓄に頷くぐらいしかすることが無い。


「…はーい、皆守カレー大センセー」


して、ここに暇を持て余しているアシスタントが一人。
丁寧に鍋をかき回す皆守のすぐ隣では、小学生よろしく発言を求めて挙手をした。


「何だ」
「…いや、『カレー大先生』ってところにツッコミは無いの?」
「用が無いなら呼ぶな。
 今焦さないようにじっくりと馴染ませるのがコツなんだよ」
「………(真正のカレー馬鹿だわ)」


ちらりと振り向くこともしない。
普段からは鑑みれない凛々しい視線は邪魔するなとばかりに鍋の底へと注がれている。
ここまでくるともはや潔く呆れる他に術は無い。
このカレー奉行っぷりを彼の長所ととるか短所ととるかは人により分かれるところだろう。


「甲太郎が構ってくれないからつまらない」


しかし彼にとっては幸いなことに、彼女はどうやら前者であるらしかった。


「…構ってやってるだろうが」
「確かに甲太郎のカレーにまつわるエトセトラは奥深くて、大変ためになるのだけどね。
 勿論、甲太郎のカレーに対する愛情の深さもひしひしと伝わってはくるのだけど」


溜め息交じりにそう言って彼女はゆったりと背後から彼に抱き付く。
そうして彼の広い背中にとんっと額を預け、ふぅっと溜め息を吐いた。
これが普段の彼ならぎょっとして肩を跳ねさせるだろうその甘ったるい仕草。
しかし今ばかりはカレーへと集中力が削がれているせいか、
おたまを握るその手を一瞬ひくりと不自然に力ませるだけの効果しか得られなかった。

腰へと回された細い腕にぐっとささやかな力が籠る。


「毎度カレーに嫉妬しなきゃならない私の身にもなってよ」


やはり素直な分だけ、の方が一枚上手だった。


「…馬鹿か、お前」
「カレー馬鹿に言われたくないかしら」
「バーカ」
「っ! ひょっと、はにゃひてよ…!(ちょっと、離してよ…!)」


流石のカレー奉行も、大事そうに握っていたおたまから手を離し、
腰へと回されていた細い腕を少々名残惜しげにほどいてしっかりと振り返る。
そうしてその大きな両掌での頬を包むと、むにっと引っ張った。
ともすれば何故こんなことをされなければならないのか、
さっぱり予想も検討もつくはずもないは、
不細工な日本語と責めるような視線で抗議する。

しかし。





「───誰のために、こんなに手間掛けてカレー作ってやってると思ってんだよ」





そんな不意打ちとも言える、
憮然としながらも照れを帯びた表情など極至近距離にも注がれて、
は存分に目を見張った。





「…私のため?」
「判ったらできるまで大人しく座って待ってろ」


ぱっと両手を離して解放すると皆守は、
ひらひらと手を上下に降って彼女をテレビの前へと追いやった。
それに少々不服そうにも口を噤んでは、彼の言う通り大人しく皆守から遠ざかる。


「食事は何を食べるかじゃなくて、誰と食べるか。
 何を作るかじゃなくて、誰のために作るか…つまりはそういうこと?
 なんかどっかのお笑いコンビのネタみたい」
「文句があるなら食うな」
「大人しく待たせていただきまーす」


敬虔な生徒口調を披露して彼女はぽふりとベットに腰を下ろす。
そうして手近にあったクッションを抱き締めると、ふわりと微笑った。





「私、甲太郎のことも、甲太郎の作るカレーも大好きよ?」





お前のその言葉が聞きたくて。
その顔が見たくて俺はこうして毎度手間暇掛けてカレーを作ってるんだよ。

そんな甘ったるい台詞は胃の奥底へと飲み下し皆守は、さっさと仕上げに取り掛かった。










「ん〜! やっぱり甲太郎のカレーが1番美味しーい」
「当たり前だ。
 しかしお前、お笑い番組まで見てんのか…」
「ううん。この間たまたま観ることになって。
 観てみたらこれが意外と面白かったから、そのコンビのネタ覚えちゃった」
「ふぅん…───待て、『たまたま観ることになって』?」
「そう。一昨日かな、鴉室さんが部屋に来て…」
「はァ!?」
「で、夕飯食べ損ねたっていうから簡単な御飯作ってあげて。
 その時、『俺、毎週この番組楽しみにしてるんだよね〜』って…」
「馬っ鹿野郎ッ!!
 なに無防備におっさん部屋に招き入れてんだよ!!」
「え、だって鴉室さんだし…何だか逃げてる途中っぽかったし」
「尚更だ!!」





その夜、『可愛い女子高生嫁候補』から『夜遊び』の誘いを受け出向いてみれば、
顔を合わせたが早々にも無気力高校生からの蹴り、
もとい教育的処置を盛大に見舞われた宇宙刑事だった。


私はアロマvs宇宙刑事の構図が好物です。
スピードワゴンネタを拝借。
小沢さんの甘い台詞は夢を書く上でとっても参考になります(笑)

image music 【 未来生活 】 _ capsule.