存在依存
と 
錯覚作用


「何かもうラベンダーが染み付いちゃって…、
 お風呂入っててもラベンダーの香りを錯覚するの」


制服のスカーフを指先で摘まみ上げて、はごちるようにそう言い寄越した。


「皆守のせいよ」
「どんなイチャモンだよ」


場所は屋上。
並んで給水塔に背を預け、のほのほとひなたぼっこ、もとい昼寝に二人勤しむ。

青い空。
穏やかな風。
眩し過ぎない暖かな陽射し。
今日はまたいつになく好条件の揃った、絶好の自主休講日和だった。


「…でも少し安心する」
「あ?」
「私に皆守の匂いが移ってるみたいで」
「…どういう意味だ?」


そんな好環境にさしもも適わないらしい。
とろん、と重たくて仕方無いといった様子のその両瞼。
既にうとうとと微睡みを楽しみ始めているの声は、どこかふわふわとしている。
日頃の"夜遊び"のツケが余程溜まっているらしい。
いつにないしっとりとした口調を披露するは、億劫げに自分の問いに答えた。


「だって、皆守に私の匂いが移るのは嫌だから」


ぽつり、と。
虚ろと紙一重な色味が、その声に滲む。


「───…硝煙の香りなんて物騒過ぎるもの」


そして至極眠たげな伏目のままにも、
は何処か遠くを見遣るような眼差しで寂しげに笑った。


「…俺は嫌いじゃないぞ」
「え?」
「お前の香り」
「硝煙が? 物好き」


もはや夢と現実の境目も覚束無いのだろう。
こちらを向くでもなく、とろけた双眸をやんわりと閉じてはほろ苦く笑う。
それはうっすらとだがどこか自嘲にも似た代物で。


「いいや」
「…?」


───そんな風に笑うな。


「俺はお前の"白薔薇の香り"、嫌いじゃない」


思ってしまえば、勝手に開いてなどいるこの口。


「…あれ、知ってたの?」
「ああ」


実際は「お前のどぎついラベンダーの匂いで、の"水の花"の香りが台無しだ」と、
保健室のカウンセラーから文句を言われて初めて知ったのだが。
注意して意識してみると、確かにから空気とは違う別の匂いがした。
甘く、けれど透明なその香り。
自分のそれとはまた別の、花の香り。
がまとっているのはフランスの香水なのだと、あの保健医は言っていた。
長ったらしくややこしい、お上品なその横文字は忘れたが、
それは日本語では"水の花"という意味で、白薔薇の香りなのだとお節介にも教えられたのだ。


「でも皆守って、カレーとラベンダー以外の匂いなんて判別つかないんじゃないの?」
「…言ってくれるな」


眠たそうにも、くすくすと涼やかな声を立てて笑う。
横顔だったそれが、ふっとこちらを向いた。


「…ありがとね、皆守」


そこにあったのは。
何とも無防備な、明け透けの笑みだった。


「あと、ね」
「ん?」
「もう一つ、私に皆守の匂いが移ってるようで安心する理由」
「まだあるのか」
「あるの」


そうしてことり、と。
この肩へと頭の重心を預けて寄りかかってきたは。





「───錯覚でも、皆守が傍に居るようで…安心する」





そんな幾許か告白めいた物言いを最後に。





「馬鹿野郎が…───そんな香り程度で満足してんじゃねぇよ」





すやすやと夢の中へと落ちていった。


でも実際ラベンダーの香りってどぎついですよねぇ。
私ラベンダー内包のアイピロー使ってますけど、結構キツイです。

image music 【 ハルモニア 】 _ RYTHEM.