真心の体温


「寒い…っ!」


両肩を自分で抱いて、は顔を心底不服そうに顰めた。


「なら着りゃいいだろ?」
「いや、それがね…」
、こっち来るのに何の防寒着も持って来なかったんだってー」
「はァ?」


季節は11月。
暦の上ではぎりぎり秋だが、実際の気温はといえば既に初冬のそれである。
マフラーを巻いた学生達もちらほらとコートを羽織り出す時期といえば判り易い。
そんな秋の空が本腰入れて冷え込み始めた今日この頃、
寒いと身を震わせた女生徒、は防寒着の一つも身に付けていなかった。
否、彼女の言い分を代弁した八千穂の言葉通り、
こちらへ来るに際し防寒着を全く用意して来なかったのだった。


「…実は馬鹿だったのか、お前?」
「今のところ一応、私は皆守の中で馬鹿とは対極の位置にあるのね?」


皆守は呆れた色も隠さずそう告げて、ふぅっとアロマの香りをに吹き掛ける。
きついラベンダーの香りに、また皆守の言葉に、
は半眼でもって抗議の意を示してみせた。


「…だって、日本がこんなに寒いところだとは思わなかったんだもの」


しかし次の瞬間には自分の非を認めるように、鼻で小さく溜め息を吐いて肩を竦めた。


「日本ってわりと赤道に近い位置にあるし。
 北海道が冷帯、それ以外の温暖湿潤気候だって聞いてたのに…」
「えらく学術的な把握だな」
「そういう家庭で育ったから。
 しかも太平洋側だと、夏は南東季節風の影響を受けて、
 湿気の多いじめじめした暑さが続くけど、
 冬は乾燥したあまり雨の降らない晴天な日が続くんじゃなかったの?」
「西高東低ってやつだよね!」
「そう、それ」
「阿呆かお前ら」


難しい顔をして記憶の引き出しを整理しているに、
ハイハーイと小学生よろしく挙手をして、中学生の知識を披露した八千穂。
そんな二人に再度アロマたっぶりな溜め息を吐いて皆守は、
特にの眉間を指先でぴんっと弾いて、至極まともなツッコミを入れた。


「気象衛星の白黒写真で気温が計れるか? 計れないだろうが」


まるで目から鱗とばかりの表情の八千穂。
全く仰る通りで、と渋い顔をした


「はぁ…、さすがに購買じゃコートやマフラーまで売ってないわよね」


冷えて血色の冴えない両手の指先を絡めると上下にさする。
そうしてある程度冷たさが紛れると、今度ははぁっと白い息を吹き掛けた。
今朝から何十回と目にしている、その動作。





「───ほらよ」





ラベンダーの香りが、口元に寄せていたその手ごと首回りを温かく包んだ。





「…え?」
「やる」
「え、やるって…」
「寒いんだろ」


の首へと巻き付けられた皆守のマフラー。
彼女の予想を裏切ってそれは、存分に皆守の体温を含んでいて。
淡いぬくもりとラベンダーの残り香。
まるで皆守に抱きしめられてでもいるみたい、などと考えて慌てて打ち消しつつ、
いつになく拙く、しどろもどろと皆守を見上げた
その頭を、こちらもまたいつになく紳士的な動作で撫でた皆守は、
「寒さで動けないトレジャーハンターなんて洒落になんねェだろ」と、
どこかぶっきらぼうに言い捨てた。

それが照れ隠しであると。
気付いたのは唯一人、二人の傍に居た八千穂のみ。


「できるだけ早い内に……親にでもコートやらを送って貰えよ」
「…うん」


二人の間に流れる、いつになく、またどことなく辿々しい照れた空気。


「皆守」
「何だ」


けれどそこはやはり、適応力のあるであるから。





「───…ありがとう、この紫色のマフラーに合うコートを送って貰うね」





数日後、真っ白なコートに紫色のマフラーを身に付けたが、
皆守のために生まれて初めてマフラーを編んでみせたのは、これまた八千穂のみぞ知る。


「お返しに皆守君にマフラー編んであげなよ!」とはやっちーのアシスト。
勿論、色は紫色で(笑)