それは4限の鐘が鳴り終わった頃。


「お昼どうする?」
「マミーズだろ」
「またカレーライス?」
「悪いかよ」
「悪くはないけど…飽きない?」
「飽きない」


そうして軽いやりとりを交わして二人は、連れ立って教室を後にした。


雨の日
エトセトラ


「ねぇねぇ、明日香」
「ん、何?」
「あの二人って付き合ってるの?」
「…へ?」
「だーかーらー。さんと皆守君よ。
 二人っていつも一緒に居るけど、付き合ってるの?」


うん、と。
答えかけて明日香は思わず口籠った。


「あ〜…、えっと」


と皆守。
おそらくあの二人には自分達が付き合ってるだとか、
彼氏・彼女であるとかいったそんな格別の感覚はないのだろう。
しかし互いに互いを特別な存在と認め合ってああして傍に居るのは確かだと思う。
ともすればそれを人は一般的に『付き合ってる』というのだから、二人は彼氏・彼女になる。

最初は「皆守君」「」だった呼び方。
それがいつからか「皆守」「」になり、
今では「甲太郎」「」と互いに名前で呼び合うようになった。
そんな変化に合わせて、二人の雰囲気も徐々に変わっていったのだ。
特に皆守の変わり様には目を見張るものがあった。
アロマの香り同様、皆守が常にまとう乾いてささくれだった空気が、
を傍に置くようになって、とても穏やかなそれへと色味を変えたのだ。
おそらくを通じて世界と関わりを持つようになったせいなのだろうと、
明日香や周囲の仲間などはそう考えていた。
それは瑞麗をして心底感心させるものであったし、明日香自身もとても嬉しかった。


「ちょっとォ。唸りっぱなしだけど大丈夫、明日香?」
「え、あ、うんッ」


しかし、二人から「付き合ってる」としっかりと言葉にして明言されたことはない。
あの二人の性格を考えれば、「付き合ってるの?」とでも聞かれなければ、
付き合ってることを周囲に洩らしたりはしないだろう。
別段、秘密にするつもりも無いのだろうが、
皆守などは「もうガキじゃねェんだ」と鼻で一蹴しそうな勢いである。


「その、えーと…」


なのに、自分が明言して良いものか。
良くはないだろうと、明日香は思った。
ならまだしも、
皆守など付き合ってる云々で周囲から騒がれるのを快くは思わないだろう。
というか絶対思わない。
皆守の不機嫌そうな仏頂面が明日香の脳裏を過る。
本当に何と答えたものか。


「え、えっと…ッ、う〜…!」


内緒や誤魔化しが天才的に苦手で下手糞な明日香。
頭も普段は使わない部分をフル回転、まさにパンク寸前である。

すると。


「アレ? どうしたのさん?」


先程、皆守と連れ立って教室を出たはずの当のがひょっこり教室へと戻って来た。


「ああ。マミーズ行こうと思ったんだけど、雨降ってきちゃって」
「傘取りにー?」
「そう」


人好きする笑みを浮かべて自分の机まで辿り着くとは、
その横にかけてあった傘を取り上げ、柄を掴んで明日香達に示してみせる。
そうして1本だけ傘を携えて教室を後にしようとしたに、
こっそりと沸き立った女子達が顔を見合わせ、そして思い切ってその問いをぶつけてみせた。


「マミーズって、皆守君と?」
「うん、そうだけど」
「ねぇもしかして二人って付き合ってるの!?」
「今みんなで話してたんだよ、二人は付き合ってるのかなって!」
「え?」
「はわわわッ!!」


女子陣のその手の話特有のキラキラとした眼差しを受けて、
玄関へと引き返す足を止めたはきょとんと一つ瞬きをする。
対して、当の本人を差し置いて激しく動揺している明日香は、
わたわたと両手を振って、と女子達の間で「あのねッ、そのね…ッ」と大焦り。
そんな明日香の様子に概ね事の次第を了解したらしい。
は穏やかな苦笑を浮かべて明日香の頭をぽんぽんと撫でると、
女子達に向かって笑って、さらりと答えた。





「そうね…お昼に雨の中、相合い傘でマミーズに行く程度には"付き合ってる"かな?」





やっぱりは大人だと、そう思った。





「何ソレー、意味深!」
「もう、誤魔化してるでしょ〜」
「あはは、今日のところは見逃しておいて」


そうして、じゃあねと笑って教室を後にした
その後ろ姿を見て明日香は。
今日寮に帰ったら早速確認のメールを送ってみようとひっそり決意を固めた。


「お待たせ」
「遅かったな」
「ごめん。ちょっと女子に捕まっちゃって」
「何だそりゃ」
「『皆守君と付き合ってるの?』って」
「くだらねェ…───で、何て答えたんだ、お前?」
「ふふ、秘密」
「………」


image music 【 Sunny Sunday's Sky 】 _ Ariko Shimada.