それが抱き締められているのだと。
気付くのに、間抜けにも数秒の間を要した。


生き急ぐような
正解で


「皆、守…?」


その逞しい両腕にしっかりと抱き込まれて。
思わずぎゅっと掴んでしまった相手の肩口。
それに応えるように、更に深まった抱擁。
直に伝わってくる、相手の体温。
そして鼓動。
その心地良い音に、添うように鳴き喚く自分のそれを知覚する。
普段よりも明らかに速く、強い脈。
自覚してしまえば、もう。


「皆守…っ」


どうにか距離を稼ごうと握りしめたそこに力を加えるけれど。
まるでびくともしないその両腕。
混乱、する。
どうして私は皆守に抱き締められてなどいるのだろう。
ようやくそれに思い当たって、今まで気付きもしなかった自分に更に驚き、たじろぐ。

ねぇ、どうして。
どうして皆守は私を抱き締めてなんているの。


「みな、かみ…っ」


どうして私は皆守に抱き締められてなんているの。

思うのに、上手く声が出せない。
呼吸困難。
酸素が足りない。
それはきっと、黒く厚い彼の学ランに染み込んだラベンダーの香りのせい。
先程から唯一供給できるのはそんな花の香りばかり。
けれど呼吸を放棄し続けるにも限界があって。
その香りを。
彼の香りを。
深く、肺の奥まで吸い込む。


「…言えよ」


肺が一杯になる。
ラベンダーの香りで胸の空洞が満たされる。
なのに、胸は詰まって。
締め付けられて。
やはり上手く息がつげない。

苦しい。
胸が。
違う。
心が?


「言え」


ただ抱きしめられているだけなのに、どうしてこんなにも泣いてしまいたくなるのだろう。


「何、を…」


鼓膜を直に振るわすその声に。
びくりと身体が震える。
その振動に再度驚いて指先が強張る。
先程から予測の及ばない連鎖反応。
混乱する。
熱い。
身体が。
頭がぼうっとする。


「言わせるな」
「だから何を…」
「俺に言わせないでくれ」


何を。
何を言わせたいの。

ねぇ。





「頼む、言ってくれ───」





私は。





「───皆守が、好き」





その時私は、初めてそれが恋という感情なのだと知った。


皆守は根っからの臆病者なので、絶対に相手に言わせる男だと。

image music 【 記憶 】 _ ORANGE PEKOE.