そう、アレだ。
何かの本のタイトルだ。


蹴りたい顔面


「走れー走れーコータロ〜♪」


蹴りたい顔面。
今まさに俺の心の水面にはくっきりとそんな言葉が浮かび上がっている。
ああ今すぐにでもコイツの顔面に踵をめり込ます勢いで渾身の蹴りを見舞ってやりたい。


「馬鹿だな、皆守は。
 『蹴りたい』のは『顔面』でなしに『背中』だぞ?」


判っていて、キラキラとディスプレイ用の笑顔を作って寄越した葉佩に、
俺の中の何かがぶちりと音を立てて千切れたのは、
おそらく空耳やら何やらの錯覚ではないのだろう。

学園中の女生徒から黄色い悲鳴を集めるその爽やかと定評のある笑顔。
実際、本当に爽やかなのだから腹立たしい。
ついでに言えば、何をトチ狂ったのかは知らないが、
中途半端に長いその後ろ髪を左右に分けてちょんっと結ってるのもかなり不愉快だ。
何だその顔と同じぐらいふざけた頭は。
言えば「八千穂と白岐からの愛」と、
「妬けるかスカリー?」などとけらけら笑って寄越す。
ああ、何かもう普通にムカつくなコイツ。


「おっと、スカリーはカレー星人にゾッコンだったか」


…決めた。
あの営業用の面にこの靴の裏を喰らわせて目に物見せてくれる。


「ほれ」


確固たる決意を胸に腰を上げようとすれば、見計らったように投げ寄越された物体。
茶色の固まり。
購買のカレーパンだ。
「昨日の缶コーヒーのお礼」。
言って葉佩は紙の袋から自分用だろう、アンパンを取り出してビニールの口を破った。


「しっかし、カリカリしてんなお前。
 まぁ屋上の帝王サマは、自主休講で太陽光線はたっぷり浴びてらっしゃるようだからな。
 ビタミンDはきちんと生成されてるんだろうしなぁ。
 カレーばっかりじゃなしにな、きちんとカルシウムも摂れよ?」


勿論、お供のパックの牛乳もしっかりと買って来ていて、
アンパンで塞がった手の代わりに、器用にも口でストローを取り出し差し込んだ。
『アンパンには牛乳』。
どこぞの不良漫画で会得してきたらしいその知識。
やっぱコイツ阿呆だ。
そう葉佩九龍についての認識を哀れみの方向に更新して、煮えくり返った内臓を静まらせた。
ことにした。





「あんまりカリカリしてっと本当にカレー星人になっちまうぞ、"コウたん"♥」





やっぱりお前は死ね。
言って、語尾のハートマークごと砕いてくれんと、
無駄に出来の良いその顔目掛けて蹴りあげれば葉佩は、
アンパンを口にしたままひらりとバク転をかまして避けやがった。


4話の後、みたいな感じで。
バイオレンスな友情万歳。

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