「初めて人を殺したのは12歳の時だったかな」





彼は土に汚れた手で、枯れた花を一輪摘まみ上げそう言った。


「ウチの養父さん、協会でも『ロゼッタ最高の知性』とか呼ばれてる人でさ。
 知性とか讃えられてるわりに、
 もう四十路も過ぎてるってのに未だに手合わせですら歯が立たないような人なんだけど。
 昔、その養父さんがレリック・ドーンっていう所謂商売敵に攫われた事があったんだ。
 熱を出してたんだ、養父さん。
 風邪知らずな天才のはずの養父さんだったけど、
 ちょうどその時ウィルス性の高熱でロゼッタ直属の病院に点滴入院してたんだよ。
 警備の職務怠慢だよな。
 連絡を受けて俺が駆け付けた時、病室内はもう滅茶滅茶で、
 養父さんのベットの、真っ白なはずのシーツに赤黒く血がへばりついてた。
 憎んだね。
 生まれて初めて人間がこれ以上無いぐらい醜い生き物に思えた。
 許せないと思った。
 俺のたった一つの持ち物である家族の、たった一人の養父さんを奪ったんだ。
 俺に殺されて当然だと思った。
 これで養父さんに何かあっても無くても、
 組織もろとも皆殺しにしてやるって本気で考えた。
 その後、協会編成の救出チームに無理矢理加わって、
 養父さんを助け出しにそいつらのアジトに潜入したよ。
 俺は《宝探し屋》であって傭兵志望じゃないってのにな。
 普通にスニーキングミッション。
 上からの命令や指示も半分ぐらい無視しくさって、
 見つけた奴ら片っ端から締め上げて、養父さんの居場所を吐かせた。
 吐かせて、全員その場で喉笛を掻っ切って殺した。
 ようやっと熱で身動きとれなくなってた養父さんを見つけた時、
 あんなあっさりとなんて殺してやるんじゃなかったって当たり前のように思った」


今日の彼はいつになく饒舌だった。
それこそ間の手など打たないことが明白な私に対して、
こうも口を開く隙を与えまいとして言葉を畳み掛ける。
いや、むしろこれらは私に対する言葉ではないのかもしれない。
感情の吐露。
体内の浄化。
もしかすると彼は、私が思っているよりもずっと限界にあるのかもしれない。


「なぁ、白岐
 俺はお前の思うほど善良な人間じゃないよ」


どうして気付けなかったのだろう、などと。
悔やしげになど呟いている内心が不思議だった。


「でも、それでも…」


不快ではない。
とても心外な事象ではあったけれど。





「───こんな俺でも白岐は、また明日こうして花の手入れを手伝わせてくれるか?」





いつもは強い意志と生気を宿す瞳の、その奥を真っ直ぐになんて揺らがせて。
儚げに、自滅的に微笑って彼がそんなことを言うから。





「…また明日、貴方が此処に来てくれるのなら」





私は肯定を告げる。
彼は、その綺麗な瞳を剥き出しにして目を見開いた。





「お養父様は…」
「え?」
「助け出したお養父様は何て…?」
「…やっぱり鋭いな、白岐は」


いつになく能動的な自分に内心ひっそりと驚きながら、続けて更に能動的に言葉を紡ぐ。
すると彼は穏やかになんてほろ苦く笑って、再度過去の物語を語りだした。


「『一時の感情に理性を毒されて、
  殺すべき人間とそうでない人間の判別も付けられなくなるとは…この未熟者が!』って。
 炎症起こしてる肺と喉をフルに使って怒鳴りつけられたよ」
「そう…」
「でもその後、『お前が無事で良かったよ…』って抱き締められた」


彼は摘まみ上げたままだった枯れた花をそっと掌に載せる。
かさりと音を立てる程乾いてはいないが、
しかし瑞々しさが失せていることが明白な程度に色褪せているそれ。
花を載せた手の、その細かい傷だらけの親指が掠めるように花弁を撫でた。


「まったく…そんなんこっちの台詞だっての」


それはその花に、昔日の養父の姿を映し出してるのだろうと思った。


「でもその熱で火照った身体に、養父さんが生きてるんだって判って安心した。
 ここだけの話、ちょっと泣きそうになったね。
 つか、泣いた。
 ほんの1mmだけだけど」


言って悪戯に笑った彼は、すっかりと普段のペースを取り戻したらしい。
胸の奥が安堵覚えて、温かく重くなる。
ほっとした、と。
八千穂さんならそう表現するのだろうその情動。


「…話聞いてくれてありがとな、白岐」


彼も同じように、胸の奥に温かな重みを感じてくれているだろうか。


「いいえ…また、明日」


感じていてくれればいい、と。
そんな傲慢な事を考えてしまった自分を、不思議と否定しようとは思わなかった。


ノーマルカプなSSは書いてて楽しいです。
このSSは白岐のウチの葉佩に対する感情が『気になる存在』(だったか?)になった、
その記念に書いたモノだったりして(笑)

image music 【 Any 】 _ Mr.Children.