プレイング


「…ん?」
「どうした?」
「ああいや、今時珍しいものを見たと思ってさ…ほら」


葉佩の細かい古傷だらけの指先が指し示したのは窓の外。
階下の、校舎の影。
体格の良い男子三人と、それらに囲まれた小柄な眼鏡の男子だった。


「"呼び出し"ってヤツ?」
「みたいだな」
「今時の高校生も『お前生意気なんだよ!』とか何とか言って、
 校舎裏になんて呼び出すんだなぁ」


食えない笑みを浮かべてとくつくつと喉を鳴らして笑う葉佩は、
何をどうやったのか音一つ立てずにその窓を開け、ゆったりと階下を見下ろした。
眼下には、よもや見物されているとは思っていない強面の男三人。
そして眼鏡を掛けてはいるが幾分その顔に幼さを残す小柄な男子生徒。
生徒会副会長補佐の2年だ。
皆守には途切れ途切れにしか聞こえないそのやりとりも、
葉佩の耳にはしっかりと漏れ無く届いているらしい。
「うっわー」と何処かウキウキとした声を上げなどして、眼下に釘付けになっていた。


「随分と楽しそうだな」
「まぁな。俺、弱い者イジメは結構好きだし?」
「………」
「冗談だって」
「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」
「失敬な」
「黙れ化人ハンター」


『何だよその目は!』。
今度ばかりはしっかりと階下から響いた怒号。
3人の内の、一番背の高い男が2年の胸倉を引っ掴む。
しかし引っ掴まれた2年はといえば、
神経を逆撫でせんばかりの冷めた顔付きのまま更なる悪態を吐いた。


「…止めに入らないのか?」
「止めに入りたいのか?」
「………」
「それとも止めに入って欲しいって?」
「…俺は別に」
「俺は怠惰な上に気が利かない奴だからな。
 言わないものまで聞き取ってやるつもりはなーい」
「………」
「それに、ほら」


葉佩が顎でしゃくる。
その先には少年の鋭利なアッパーを喰らった男が、見事な放物線を描いて吹っ飛んでいた。


「ああ、確かボクシング部だったなアイツ」
「まぁ及第点の踏み込みだな。大分荒削りではあるけど」
「…お前、ボクシングまでやってんのか」
「打撃系ならボクシング、キックボクシング、ムエタイ、空手、テコンドー、
 少林寺拳法、日本拳法、カポエラとか。
 組技系なら柔道、柔術、合気道、サンボ、レスリング辺りとか。
 他に何があったけか…あー、忘れた。
 あと武器系はまぁ色々と。とりあえずメジャーなとこはほとんど抑えてっかな。
 ま、1番体に馴染んでんのは養父さんに叩き込まれたCQCだけど」
「どこの傭兵だ、お前は」


怯んだ右の男が、大胆なストレートに濁った音を立てて吹き飛ぶ。
「あーあ、ありゃ鼻骨にヒビいったな。
 可哀相に、あれじゃもう婿の貰い手がつかないぞ」。
可哀相だなんて1ミクロンも思っていないのだろう。
くつくつと喉を鳴らして笑いながら葉佩は、
まるで甥っ子の悪戯を遠目に見遣る伯父のようにまったりとした口調でそう言った。
それを聞いて、今まで2年の動きのみを追っていた皆守は、
ようやく倒された男達へと視線を遣る。
地面に伏せった男2人は、方や口から、方や鼻からと、
流れ出した血液でその顔面を赤く染めていた。
しかもその内の一方は白目を剥いてすらいる。
葉佩の相変わらずの視野の広さに嘆息しつつも、
同時に自分の視野の狭さを改めて実感させられて皆守は顔を顰めた。


「…やり過ぎだな」
「あはは、若さ故ってヤツだよなぁ」
「お前な」
「まぁ多少の無茶は未成年の特権ではあるけど…」


成る程、葉佩は2年の力量など一目でとうに見抜いていたのわけか。
得心がいって皆守はゆったりとアロマを吐き出した。
そう、葉佩こうして高見の見物になど洒落込んでいた理由はおそらく、
この2年坊主が一線を踏み越えぬように見張る腹積もりだったのだろう。
それが証拠に、3人目の男がちょうど腹部を踏み躙られたところで葉佩は。


「ほーい、そこまで」


パンパン、と。
窓枠に両腕を乗せたまま二度掌を打ち鳴らした。


「元気がいいのもその辺にしとけよ?」


バッと射殺すような鋭い視線が昇ってきた。


「正当防衛もそこまでやると過剰防衛、つまんない法律に引っ掛かるぞー」
「…アンタに指図される覚えなんてねェよ」
「へぇ、今時の高校生ってのは本当に愛想が無いんだなぁ」
「躾がなってねェのは確かだな。
 つか『今時』って何だ、『今時』って」
「あァ!?」
「気にしない気にしない。
 まぁこれぐらい生意気な方が可愛げがあるってもんじゃないか?
 躾のし甲斐があるって言うかさ」
「する気あんのか」
「そうだなぁ…このままいくと図らずもすることになりそうだよな。
 しかし眼鏡の上から仮面というのは正直どうなんだろうな…」
「は? 仮面?」
「───オイそこ、無視してんじゃねェよッ!」


見下ろされるのが気に食わずとも、どうやら無視されるのもお気に召さないらしい。
「高校2年生にもなって思春期真っ盛りか」。
皆守が鬱陶しそうにも呟けば、
「どっちかっつーと、遅れて来た反抗期って感じじゃないか?」と葉佩は肩を竦める。
ともすれば時間にして僅か十数秒で見事に沸騰寸前となった2年は、
階上の上級生二人にズバッと人さし指を突き付けると、
まるで毛を逆立てた野良犬のように殺気立つ。
それに葉佩が苦い笑みを噛み殺し、皆守が欠伸を噛み殺したのは二人のみぞ知る。


「ああ、悪い悪い。
 うっかりお前のこと失念するところだった」
「…ッ、アンタ、俺をナメてんのか!?」
「まさか。舐めるのは黒塚の専売特許だって」
「関係無いだろ。
 つか、意味が違うっつの」
「何だかんだ言ってツッコまずにはいられないんだよなぁ、甲太郎は」
「………」
「お、予鈴」


学校中を反響して鳴り響く、機械合成の鐘の音。
この學園では、"校則"に背くことはすなはち"生徒失格"。
生徒会の処罰対象になる。
慌ただしく廊下を行き交う生徒達を余所に、
実にのんびりとした様子で葉佩は階下の2年に向かってひらひら手を振った。


「ほら、次の授業が始まるぞ。
 お前も早く教室に帰れよ?」
「…アンタに言われなくたってそうしますよ」
「それは結構。
 それじゃ俺達も行くとするか。屋上に」
「一瞬で消え失せたな、説得力」
「あっは。これは俺とした事が」


確信的な犯行だ。
葉佩のそんな独特のノリももはや日常となりつつある皆守は、
おそらく葉佩が待ち望んでいるだろう無難な間の手、もといツッコミを入れる。
それを受けて、やはり待ち望んでいたものであったらしい葉佩はけらけらと笑って、
開いたそれを閉めようと窓枠に手を掛けた。

すると。





「───アンタ、何者だよ?」





階下から投げ寄越されたのは、そんな警戒心を押し殺したような問い。





「知りたかったら自分で確かめに来いよ、坊主」





表情、一変。
不敵な食えない笑みを浮かべて葉佩は、また音も無く窓を閉じた。


カンニング、夷澤(笑)
夷澤はあのお子様帝王ぶりがたまりません。

image music 【 Rock The Beat 】 _ Dragon Ash.