04.


「あー…、これじゃもう銃もまともに撃てないし今日はこれで引き上げよう」


赤く晴れ上がった手首をつまらなそうに眺めて彼はそう言った。


「折角ついて来てくれたのにごめんな、白岐」
「いいえ…それより、怪我を…」


突如、左右真横から襲ってきた2体の人型の化人。
《死人》と彼は分類していたように思う。
それらを紙一重にも身を捻って前方に飛ぶことで辛くも躱した後、
床に片手をついて宙を舞うまま銃撃で反撃に出た彼。
確かにあのタイミングで攻撃に出なければ、彼はどこかしら身体の一部を失っていただろう。
素人目からも判る窮状だった。
そしてその彼が今こうして苦笑なんて食んでいるのは、それこそプロである証なのだろう。


「見せて」
「え、ああ…ありがとう、白岐」
「いいえ」


一回り太くなったその手首に触れる。
片一方のみで全体重を、またそれ以上の負荷を受けた手首は赤く晴れ上がっていた。
彼の平熱よりも幾分高い其処は、普通ならば相当な痛みを発しているはずだ。
目の前の彼のように普段と変わらず平静にいられるものではないと思う。
なぜなら。


「酷い…」
「あー、やっぱり?」


そう、彼は手関節は外れる寸前まで挫いていた。

手関節は、もとい手首は造りそのものが複雑であるから、
一口に捻挫と言ってもその痛みにもいくつも原因が考えられる。
関節包だけならまだしも、靭帯を傷めたり、
傷めた靭帯が骨の間に挟まったりでもしたら、圧痛や運動通もある。
握力の低下など、《宝探し屋》の彼にとっては致命的だ。
とにかく炎症をおさめるべく患部を冷やそうと、
救急セットの中から冷却スプレーを取り出し吹き付ける。
次いで冷却湿布をそっと貼付けた。
「ちめてー」と彼がけらけらと笑う。
笑っていられるような状態ではないはずなのに。
痛みに顔を顰めていてもおかしくないはずなのに。


(愚問ね…)


それが彼なのだ。

一人ひっそりと納得して冷えたその上に伸縮性の高い弾性包帯を巻き付ける。
箱の中にはホワイトテープもあったけれど、
テーピングの方法など知るはずもないので素直に包帯を選んだ。


「凄いな、白岐」
「え?」
「手際も良いし、きっちり応急処置の基本を貫徹してる」


お世辞かと思ったがそうでもないらしい。
本当に関心しているのか彼は、包帯を巻き付けた患部に釘付けになっていた。


「Rest、Icing、Compression、Elevation」


安静、冷却、圧迫、挙上。
4つの応急処置の原則を彼は心地良いクイーンズイングリッシュで歌う。


「しっかし…コレだとしばらく探索はお預けかなぁ」


彼は仲間の《魔人》達ほどではないけれど、常人よりも幾分治癒が早い。
環境が彼の身体を変えたのだろう。
日常的な危険の中で積み重ね研ぎ澄まされた彼の生存本能が特化した結果か。
それが進化なのか退化なのかは判らないけれど、
とにかく全治1週間程度の怪我も、彼の身体にかかれば3日とかからず回復してしまう。


「全治3日ってとこか」


たった3日を『しばらく』と表現するのもまた、
彼の日常が所謂"一般"と括られる領域からはかなり掛け離れた場所にあるという事実を、
如実に表しているように思えた。


「開店休業も惜しいから、どうせならきっちり閉めて休業しようかな」
「そうした方が良いと思うわ」
「そんじゃ放課後、温室の手入れ手伝ってもいいか?」
「え…」


彼は今現在の自分の手首の惨状を理解しているのだろうか。
理解しているのだろう。
理解していないはずがない。
彼は《宝探し屋》だ。
そういう種類の人間なのだから。
けれど彼は、自身に関しての事柄に少々無頓着なきらいのある人間でもあるから。


「間引き…だったっけ?」
「包帯が汚れてしまうわ」
「じゃあ包帯をとってやろう」
「それじゃあ直りが遅くなるでしょう」
「それもイイんじゃん?」


何が良いのかさっぱり判らない。

それを顔へ出した覚えは特になかったが、
何かと私の感情を汲み取ることに長けているらしい彼は楽しげに笑う。





「だって、その分だけ白岐と一緒に居られるワケだし」





判ってる。
自分如きにこの底の深い彼を測れるなんて思っていない。





「ま、仕事は疎かになるワケだけど。
 その分は後できっちりと取り戻すし。白岐と一緒に」
「…私と?」
「そう、白岐と。迷惑か?」
「そんなことはないけれど…」
「よっし、決まり!」


彼の手が早く直らないよう願った。


「怪我が治ってから付き合って貰う分の前払い。
 明日からどうぞしばらくの間俺を存分にコキ使って下さい、姫君?」





幸せだったから。