「───陛下の第一印象ですか?」


それは、
恐れ多くも陛下の私室にてブウサギと憩いの一時を楽しんでいる時のことだった。


「うーん、ジェイドからあれこれ聞いてたもので色々と期待を膨らませてたんですけど…」
「『あれこれ』な…、それで?」
「何か会ってみたら、良い意味で裏切られたというか。
 この大佐にしてこの親友ありきというか、
 むしろこの陛下にしてこの親友ありきというかまぁそんな感じでした」
「はっは! そりゃいい!」


もはや荒れ果て尽くしてしまったその部屋。
ここが恐れ多くもマルクト帝国皇帝ピオニー9世陛下の私室だと誰が信じようか。
ブウサギの歯と蹄にたっぷり冒涜し尽くされた最高級の絨毯。
そこにぺったりと座り込んでブウサギをブラッシングしてやりながら、
もはや『整理整頓が苦手』とかそういうレベルじゃない部屋の主を見上げれば、
当の皇帝は両手を腰に当てて豪快に腹筋を震わせていた。


「なら、私の第一印象はどうでした?」
「ジェイド2号」
「酷ッ。いくら図太くできてる私でもさすがにそれは傷付きますよ」
「だってそうだろう?
 黙ってりゃまぁなかなかのクールビューティーだってのに、
 一言口を開きゃ"女版ジェイト"とくりゃ、
 そりゃ誰だって詐欺だって訴えの一つも起こしたくもなるだろうよ」
「陛下が今までどんな目で私を見ていらっしゃったのか今良ーっく判りました」


この人と居ると、いつだって思い起こすのは幼い頃に聞いたお伽噺。
『あるところに』で始まる、どこにでもある皮肉と訓戒を含んだ不幸話。

昔「世界一の女性」を花嫁に探し求める1人の男がいた。
彼は長い年月を経て、やっと「世界一の女性」を探し当てる。
しかし彼女とは結婚できなかった。
なぜならその女も「世界一の男性」を求めていたからだ。


「はっは。拗ねるな拗ねるな。
 俺はお前のそのギャップを特に気に入ってるんだ。
 こんなイイ女を連れて来やがって、
 ジェイドの奴もたまには良い仕事するじゃねぇかって褒めてやったくらいだぜ?」
「ケテルブルクで育つと男は皆口が達者になるんですかねぇ」
「また自慢の部下が増えたってな」
「───…」


私は「世界一の男性」を探していたわけではないけれど。
見つけたその人は私にとってあらゆる意味で「世界一の男性」だった。
そしてその人には既に「世界一の女性」がいた。


「はぁ…そんな風に正面切って手放しにも期待されたら、
 された方は全力で応えるしかないじゃないですか」


腕の中には愛くるしく鼻を擦り寄せてくるブウサギ。
5匹の中で最高の毛並みを持つ、
『ネフリー』と名の刻まれた上品な首輪を身に付けたその子。


「…お護りしますよ。
 貴方も、貴方の国も国民も」


撫でて返せば、嬉しげに鼻を鳴らす彼女を両腕いっぱいに抱きしめる。


「貴方が護りたいと願う全てを護るために、この存在の全てを差し出しましょう」


この子も、その人も。
貴方が護りたいと願う全てを。
何一つとして零すことなく、一切を損なうことなく。
必要ならばこの命と引き替えても。

だって。





「───ですからもっともっと可愛がって下さいませ、陛下?」





私は根深く臆病で、自慢じゃないが傷付く勇気なんて持ち合わせてないから。





「おう、きっちり可愛がってやるよ」
「あ、でもブウサギに私の名前を付けたりしないで下さいね」
「? 何でだ?」


貴方に名を呼ばれる度に、堪え切れず胸が甘く疼くから。
甘く疼いて、それ以上の哀切と痛みを呼ぶから。
言ったら貴方は一体どんな顔をするのだろう。
驚きに目を見張るだろうか。
それとも「お前も十分口が達者だろ」と笑い飛ばすのか。
それが貴方のもたらすものであれば何であれ受け入れるつもりではあるけれど。


「ジェイドを見てると本気で不憫なので」
「そうか。なら早速今度来る愛想の無い新入りの名前は『』にしてやらないとな」
「……やっぱり陛下はジェイドの親友ですよね。
 いえ、ジェイドが陛下の親友と言うべきか…」
「まぁこの場は、褒め言葉として受け取っておいてやるさ」


貴方は君臨する者。
私は貴方に君臨される者。
貴方は私にとって特別な人間で、私は貴方にとって特別でない人間。
それで十分。
こうしてその厚い掌に頭を撫でられるだけで十分。
この想いを言葉にする必要なんてない。
心をへし折られる勇気なんて無いのだから。
このままでいい。
どうか、このまま。





「お、ネフリー。何だ、嫉妬か?」





ああ、貴方もこんな想いを抱えて彼女が他の男と行くのを見送ったのだろうか。

自慢じゃない
けど、傷付く
勇気は無い。

ピオニー陛下は大好きだけど、 
陛下はネフリーのことが忘れられなくてこそ…!

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