「いやー、昔からアイツが羨ましくてなぁ」


こうして昔を懐かしみ笑う陛下の仕草はいつだって全てが至極穏やかな代物で。
だからこそ、こんな風に大きな乾いた掌を頭の上に乗せられる度に私は、
どうしたって胸の奥底をくすぐられて大人しくも陛下のされるがままになってしまうのだ。


「女兄弟が欲しかったと」
「おう」
「でもネフリーさんが実の妹だったら泣いてたと」
「…お前は相変わらずソフトに抉ってくるな…」
「ソフトSなんですよ。
 で、今日は『兄妹ごっこ』ですか?」
「そうだ」


陛下の寝室。
私室の方はもはやブウサギ達の巣と化しているため、
陛下には私室とは別に人間専用の、まさに皇帝陛下に相応しい寝室が設えられているのだ。
メイド達の日頃の尽力の甲斐あって物一つ散らかっていない其処で陛下と2人、
ベッドの上でごろごろとくつろぐ現在は日付けも今さっき変わったばかりの夜中。
事の始まりは私の残業。
昼間に陛下のやんちゃに付き合って捗らなかった書類の処理に、
「今日は軍本部ベースにお泊まりかしら…」と愚痴を呟いていたのが2時間程前。
「あ、陛下に約束していた本貸すの忘れてた」。
気付いたのが、仕事も終わりかけたほんの30分前。
とりあえず目処が立ったのをいいことに仕事にきりを付け、
ジェイドをも唸らす自慢のコレクションの一部である貴重な古書を携え訪れた此処。
ともすれば。
既に就寝態勢に入っていた陛下に招き寄せられ、捕まえられ、
年齢不相応ないたずらっ子の笑みのなすがままにも問答無用でベッドに引き入れられて、
現在の『兄妹ごっこ』至るのだった。


「まあ私もお兄ちゃんが欲しかったクチなんで兄妹ごっこは大歓迎なんですけど。
 でも仮にも賞味期限切れ間近な中年男性の兄と二十歳目前の嫁入り前の妹が、
 同じベッドで一夜を過ごすというのは道義的倫理的世間一般的にというか、
 むしろ国家的にどうなんですか?」
「む、それはそれでなかなかに乙なシチュエ…」
「はい教育的指導」


おもむろにうーむ唸り出した陛下の額にぺしりと可愛らしいツッコミを入れる。
さもすれば陛下は「皇帝の俺に教育的指導なんざ入れるのはお前ぐらいだ」と、
からからと声を立てて笑った。
たから私は敢えて努めて呆れた顔で溜め息なんて吐いてみせて。
それもまたいたくお気に召したらしい。
機嫌良さげに笑みを深めて陛下は、長く節くれたその指の先をこの髪に絡めた。


「何だ? 俺が兄じゃ不満か?」
「大満足ですが何か」
「うんうん。そういう素直なところはお前の美点だな」


本当に、陛下のような兄が居たら。
思わずには、願わずにはいられない。
陛下のその天性とも言える絶大なカリスマ性以上に、
一人の人間としての人間性に惚れ込んでる身としてはもはや不可抗力だ。
言えば陛下は一瞬きょとりとして、
けれど次の瞬間には「成る程な。こりゃアイツも惚れて腫れるわけだ」と吹き出し、
髪に絡めていた指を頬の輪郭に沿って滑らせ、そっとこの顎を掬った。


「ほら折角だ、『お兄様♥』とか呼んでみろよ♥」
「あれ、本当はそういうプレイがしたいだけなんですか兄上」
「お望みなら応えてやるぞ妹よ。おりゃっ」
「きゃー、何をなさるんですかお代官…じゃなかったお兄様ー」
「はっはっは、良いではないか良いではないかー」


何て色気の無い。
あっても困るがこれ程までに無いのもどうなのだろう。
ころりと呆気無く仰向け状態からうつ伏せ状態へと引っくり返され、
あまつさえ覆い被さられ心地良く体重を乗せられる。
背中に染み渡る陛下の体温。
耳朶に触れる陛下の唇。
黄金色の髪がさらさらと頬を撫で、くすぐったさに身をよじる。
陛下の指が自分のそれに絡められた。
互いに年甲斐も無く2人、ベッドのスプリングの弾むままきゃっきゃとはしゃぐ。

が、しかし。





「───何をしてるんですか貴方達は」





陛下との和みの一時は、上面ばかりが穏やかなジェイドの声に無情にも終止符を打たれた。





「お、(可愛くない方の)ジェイド」
「あ、(可愛くない方の)ジェイド」
「相変わらずいちいち不愉快なユニゾンっぷりを発揮してくれますねあなた達は」


私にのしかかったまま。
陛下にのしかかられたまま。
声の方へと顔を挙げ当の声の主の名前をカッコ可愛くない方のカッコ閉じで呼べば、
呼ばれた本人は常から披露しないような渋い顔と声色をこしらえて寄越した。
それにまた気を良くして2人、じゃれ合いを続行する。
否、しようとして阻まれた。
ジェイドがサイドボードに置いてあった私のコレクションの、
その分厚い背の角を手加減無く陛下の後頭部に落としたのだ。


「〜〜〜っ!!」
「それ本当に歴史的に貴重な本なのに…」
「まったく、迎えに来てみれば執務室にはおらず、
 こんな処でまたくだらないことを…、今回は一体全体どういった趣向なんです」
「『兄妹プレイ』」
「………は?」
「陛下陛下。『プレイ』じゃなくて『ごっこ』ですよ。
 似て非なるものですから。気を付けて」
「おっとそうだった。『兄妹ごっこ』だった」


涙目で頭の裏をさすりながら身を起こした陛下。
さすが、しっかりとジェイドをおちょくることも疎かにしない。
これが幼なじみというものか、なんて。
感心しつつ背から引いていく陛下の体温に名残惜しさを感じていれば、
ふっと陛下の体温以外の温かな何かが背を覆った。
酷く感じ知ったぬくみ。
それは。


「では、お邪魔します」
「ちょ…っ、ジェイド、何処触ってるのよ」
「だーッ!! 野郎がオレのベッドに入るなァ!!」
「やー、実は私も昔から常々年上の男兄弟に憧れておりまして。
 仲間外れは無しですよ、『お義兄様』♥」
「え、何その唐突な『義』の字」
「だって貴女は陛下の妹という設定なんでしょう?
 ならば私は陛下のこと『義兄上』と呼ぶのが妥当かと」
「お前はいらん!
 キモイ。むさい。狭い。邪魔だ。
 可及的速やかにベッドから出ろ!
 これじゃとあわよくばあれやこれやと戯れ合えん!」
「兄上、ウッカリ『あわよくば』とか下心滲んでます。気を付けて」
「おや、でしたらと戯れ合えぬ分は、
 僭越ながらこの私めがとびっきりの『あれやこれや』で戯れ合って差し上げますよ」
「いらんわ! さっさと出ーろー!」
「おーこーとーわーりーしーまーすー♥」
「さすがのロイヤルサイズも大の中年二人と年頃の娘じゃ狭いー…」





そうして結局。
目の前には(腕枕+もう一方の手もしっかりと繋いだりな)マルクト帝国皇帝陛下、
背中に(がっちりと腰に腕を回した)マルクト軍第三師団師団長の大佐という、
実に美味しい寝床を得た私は、皮肉り合う2人をさしおき早々にも眠りに就いた。

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