「陛下の命って誰のモノでしょうね」


もはや最高級の名は跡形も無い絨毯の上へとぺったりと座り込み、
ブウサギのネフリーを腕いっぱいに抱き締めは、
普段のそれとはまた随分と色味の違う笑みを浮かべてそう言った。


「そりゃこの国のモンだろう」
「じゃあ実はジェイドばりにキレるその頭も?」
「ああ」
「じゃあその気高く凛々しく美しいお顔も?」
「まあな」


ゆったりとして穏やかな、けれど何処か冷やかさを臭わせるその笑み。
くすくすと涼やかに響くその微かな笑い声もやはり常とは異なりぬるく鼓膜を撫でる。
人の気配の機微に聡いブウサギのネフリーが、
まるで「なになに?」とでも言わんばかりに小さく鳴いて、
の胸へと鼻先を摺り寄せた。
応えるかのようにはネフリーのその形の良い鼻先に軽く口付ける。
それはまるでこちらへと見せつけるかのように愛らしい体躯を甘く抱き直した。


「───なら、抱きたい女一人抱けないその腕も?」


一転、赤ら様な揶揄を引いては穏やかに微笑んだ。


「お前は本当にソフトSだな」
「ありがとうございます♥」
「こらこら、誉めてないぞ」


ざっくりとではないが、さっくりと。
塞がったと、乾いたと自らに思い込ませた傷に遠慮無く刃を入れて寄越す。
それも実に穏やかに、ゆるやかに。
けれど確実に急所を捕らえて。
どうしてか自分にのみ時折向けられるそれ。
その真意を量ろうと黒曜の双瞳を無造作に覗き込むが、
微塵にも微動だにしない長い睫毛の先に、
この娘が若くして恐るべき顔面技の持ち主であることを思い起し、
すぐに徒労に終わるであろうことを悟って大人しくやめた。


「仕方無ぇなあ…」
「?」
「そんなソフトSはこうだ!」
「ちょ、わ…っ」


無体にも首の裏を、軍服の後ろ襟を引っ掴み、
とにかく乱暴且つ横暴に後方へと引いてバランスを崩させる。
さすがに予想もし得なかったのだろう。
呆気無く背後へと、絨毯目掛けて引き寄せてられていくその背。
それを予定調和とばかりに待ち構えさせた片腕で受け止める。
間近から見下ろすその白く整った顔。
先程までの皮肉満載であったそれがまるで嘘か夢のように、
年相応の仕草で目を見張っては頭上にいくつもの疑問符を飛ばしていた。
それにニヤリと不穏当な笑みを落とす。
案の定、よろしくはない気配を察したらしいの口元が小さく引きつる。
そうしてが自身の笑みに気を取られている隙に、
両膝の裏に背を支えるのとは逆の腕を回し、ネフリーごと強引に抱き上げた。


「っ、きゃ…!」
「ブキー!」


所謂世間で言うところのお姫様抱っこでもってそのまま半壊したベッドへと運び、
撓んだ剥き出しのマットレスの上へと落とす。
降ろすのではなく、落とす。
それは先程の皮肉への、大人気の無いささやかな意趣返し。
マットレスの上での細くしなやかな身体が小気味良く跳ねる。
そのの薄い腹の上でネフリーが鈍くバウンドした。
1人と1匹の、色気の無い悲鳴が上がった。


「俺の命は、この国のものだ」


ブウサギ1匹分の重量をもろに内臓へと受け、
小さく呻きつつ不服と言わんばかりに涙目でこちらを見上げて寄越す
その表情に気を良くして、覆い被さる。
間近で見下ろせば存外にも白く透いた肌。
普段から周囲に振りまく『健康的な色気』とは意外にも対照的なそれに見蕩れていれば、
自分のの腹に挟まれていたネフリーが抗議の一鳴を挙げ、
の腹を蹴ってさっさと日向へと退散した。
「薄情者…」とが恨めしく呟いた。


「命だけじゃない。
 実はジェイドばりにキレるこの頭も、気高く凛々しく美しいこの顔も…」
「ちょ、陛下…ん…!」


片手で軍服の上から左の乳房を思いきり無造作に鷲掴む。
掴んで、握り込み、押し上げる。
どくり、と。
一際大きく、深く鳴った女の脈が蒼い軍服越しにも掌へと伝わってきた。
ああ、初めての心臓の音なんて聞いたな。
耳朶へと甘く噛み付きながら、場違いにものんびりとそんなことを思う。
「ん…っ」。
思わず零れたらしい淡く鼻にかかった吐息が鼓膜を直に振るわす。





「───抱きたい女一人抱けないこの腕も、俺の全てはこの国のものだ」





しかし随分とイイ声で啼くんだな。
言えばしかし、どうしてかいつもの皮肉は返って来ず、
代わりに寄せられたのは、僅かにのみ寂しげで切なげな色を帯びた女の顔だった。





「…なら、陛下のその寂しい魂は?」
「お前にくれてやろうか?」
「うーん、考えておきます」
「即断即決の代名詞たるお前らしからぬ口振りだな」
「どうにも返品不可っぽいので」
「慎重だな」
「慎重な女ですから」





だって、陛下だってそうでしょう?
だからこれ以上の事を成そうとしない。

はっきりとそう口にしたの表情と、
間近にあるのその双眸に映り込んだ自分の表情は何処か酷く似通っていた。
その思い違いを仕合わせと言うのなら
この想い違いを幸せと言うのなら俺は

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