あれから一月が経った。
それから一月も断った。





「カーティス大佐」
「ああ、フリングス将軍。
 御婚約おめでとうございます」
「ありがとう、ございます…」
「嫌ですねぇ。そんな暗い顔をして」


花婿ならばもっと晴れやかな顔をすることをおすすめしますよ。
常と変わりない柔らかな笑みを浮かべて大佐が先んじてそう告げれば、
告げられた年若い将軍はやはり遠く悲しげに眉を顰めた。


「貴方にとってはおそらく、
 良い意味で人生において一度きりとなるだろう晴れ舞台です。
 私に対して後ろめたさを感じるなど、それこそお門違いというものですよ」
「はい…」
「おいおい、もうちっと言い方ってもんがあるだろうがジェイド。
 それにアスラン、お前もだ。
 お前が今からそんなんじゃ、
 生真面目な嫁さんなんか当日カッチンコチンになっちまうぞ」
「は、はい」


によって救われた命が2つ、一月後に契りを交わして晴れて夫婦となる。
によって救われた未来がまた一つ、現実のものとなる。


「それでは私はこれで…」
「おう、嫁さんによろしくな」


そう、の望んだ未来が。
の居ない未来においてまた一つ、誰かの幸福となるのだ。


「そうそう、アスランの花婿衣装な。
 全部嫁さんが縫い上げたそうだぞ」
「ええ、そうでしょうね」
「『そうでしょうね』?」
「それが"あれ"との約束でしたから」
「どういうことだ?」
「『お裁縫もできない花嫁なんてお話にならないわよ』、と」
「挑発したわけか」
「はい」
「"アイツ"が」
「ええ、"あれ"が」


あの日以来。
世界が大きく揺れ、せわしなく鎮まったあの日以降、
この男はのことを"あれ"と示すようになった。
その裏にどんな心理があるのかなど知らない。
知りようがない。
少なくとも自分には。
ならばまた違ったのだろう。
この男が小器用にもひた隠にしようとするあまねく事象と事情を、
鮮やかに暴いては抱き寄せてのけるのことを何よりも得意としていたのだから。


「綺麗だろうなぁ、セシル将軍」
「そうですね」
「俺も行きたいぞ、アスランの結婚式」
「そうですか」
「完全に上の空だろう、お前」
「ええ、そうですよ」


『心此処に在らず』、とは良く言ったものだと思う。
今こうして常と何一つ変わらぬ笑みを敷いてるこの男の心は何処にもない。
此処だけにではなく、この世界の何処にも。
否、それは確かに在りはしたのだ。
ただこの男の心の置き場処はつい一月程前にこの世から消えて無くなってしまった。





「…"アイツ"の花嫁姿、楽しみにしていたんだぞ俺は」





あれから一月が経った。





「ええ、私もです」





それから一月も"断った"。





「───"あれ"も自分の花嫁姿を楽しみにしていましたから」





その名を、悲しみを抜きには口にすることができなくなった。

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