「それじゃあ、ほっぺたにちゅーして♥」


言って、人さし指を頬に当てて年若い恋人はニッコリとあどけなく笑った。


「はぁ…まあ、構いませんが」
「嬉しい。じゃあ、はい」
「………」


それは些細な賭けの結果だった。
自分が負け、彼女が勝ったのだ。
そして支払うこととなったチップが頬へのキス。
曰く『7つの特技の1つ』として、年齢相応と年齢不相応の効果的な使い分けと、
それを可能とする驚くべき顔面技に飛び抜けて長けているは、
時折こうして幼稚な仕草でもって何とも巧妙な罠を仕掛けてくる。


「ジェイドー?」


目を閉じたまま、楽しげになんて笑んでこの名を呼ぶ。
判っている。
は知っていてやっているのだ。
こうした初心に返るような初々しい行為を自分が実はこの上なく気恥ずかしがることを。
胃の辺りに滲み湧く、ささやかな敗北感と屈辱感。
しかしそんな些細な拙情など呆気無く塗り潰すような、
甘やかな感情もまたこの胸に呼び起こして。
奇妙な感覚にじわりじわりと思考を蝕まれてまたこの身体は躊躇いを踏む。


「ジェイ…」
「いいから黙っていなさい」
「はーい」


僅かに身を屈め、白くなめらかな頬に唇を寄せる。
寄せて、また立ち止まる。
あと1cm。
このたかだか1cmが何の因果かとにかく曲者だった。
たかが1cm、されど1cmとは良く言ったものだ。
この1cmが気恥ずかしさを助長する。
敗北感を、屈辱感を肥大させる。
何をか含んで口の端を上げた白い横顔が胸の中心を疼かせる。


(いい歳をして何をしてるのだが…)


鼻で溜め息を一つ、意を決してやんわりと唇を押し付ける。
見た目通りのなめらかで柔らかなその感触。
年甲斐にも無く、悔し紛れにも吸い上げてやろうかとも考えたが、
それこその思う壺だろう。
味も素っ気も無く平然を装って唇を離す。
「くすぐったい」と至極嬉しそうになど笑っては小さく肩を竦めた。


「御満足頂けましたか?」
「うむ。苦しゅうない」
「何ですかそれは」
「陛下の真似」
「よしなさい」
「ま、今日のところはこれぐらいでよしといてあげるわ」


16も歳下の娘に翻弄される35歳など目も当てられない。
我が事ながら手放しの呆れを禁じ得ない。
しかし一方で、これはこれで良しとする自分も居て。
ああ自分はいつからこんな賢くない生き物になってしまったのか。
思い当たる原因など一つしかない。





「私、ジェイドのそういう『ツンデレ』なところ好きよ」





そう、全ては1年前にをこの懐の内に抱き入れてから。





「陛下の真似はよすと今まさに言ったばかりでしょう」
「あらぁ? 陛下にも『ツンデレ』って言われてるんだ?」
「…これは失言でした」





やはり柄にも無いことなどするべきではありませんね。
言い訳がましくも眼鏡を押し上げ溜め息交じりににもそう繕えば、
は酷く満足げに笑んで「お返し」と、何てことはなく軽やかな口付けを寄越した。

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