貴方が好き、と。
気付いたのはもうずっと昔のこと。








「ルークに御座います」


引き合わされたのは必然。
静まった深い緑の瞳に、鮮やかな赤色の髪の少年。
名をルークというらしい。
彼が名乗ったわけではない。
彼の父が今そう述べたのだ。
覚えたとの了承の意を表すためにこくりと一つ首を上下に揺らす。
彼の父が慇懃に腰を折り、息子をこちらへと差し出した。
父を見る。
父はいつものように優しく穏やかに、
けれど常とはどことなく違う、僅かにだが寂しげな色を滲ませ笑んで返した。
城の中を案内してやりなさい。
促されるままに彼の手を取り謁見の間を後にする。
少しだけ足早に。
何故か。
謁見の間中、彼が息苦しそうに眉根を寄せていたからだ。
どこがいいだろうか。
考えて、数日前ようやく蕾を綻ばせ始めた白い薔薇達を思い出し、
独断にも目的地を中庭園に決定した。


「こっち」


言えば、自分よりも幾分温度の低いその手が微かにこの手を握り返した。
そんな気がして、足早にも白い薔薇の咲く庭を目指す。
早く、彼に外の空気を。
そして甘い薔薇の香りを。
見る間に大理石の床は芝生へと代わり、高く薄暗い天井は広く明るい青空へと変わる。
ちらりと振り返る。
晴れ渡った空を見上げる彼の眉間から皺はすっかり消えていた。


「良かった」


何がだと言わんばかりに、不可解げに顔を顰める彼。
穏やかな午後の陽光を浴びて、緑の双瞳は緑柱石のように透けて煌めく。
赤い髪は紅石の如く輝いて蒼い空に映えた。
ああやはり彼をここに連れて来て、外へと連れ出して正解だった。


「貴方はとても綺麗」


呟けば、彼は目を丸くする。
はて、自分は今彼を驚かすような言葉を発しただろうか。
思い当たるものが何一つない。
首を傾げてみせる。
すると彼は一旦むっつりと口をへの字に曲げ、不機嫌そうに、けれどしっかりとこう断言した。


「お前の方が綺麗だ」


自分よりも幾分温度の低かったはずの手が、繋いだままでいたこの手を強く握った。
とても嬉しかった。
それは父にされるのとはまた違った嬉しさだった。
だから率直に「嬉しい」と告げた。
途端、彼は手を肘ごと引っ込めた。
はて、自分はまた彼を驚かすような言葉を発しただろうか。
やはり思い当たるものはない。
再度首を傾げて彼の顔を見上げる。
彼は何も言わない。
だから私も何も言わない。
やわらかな春の風が吹き抜けて、彼の鮮赤の髪を綺麗に揺らした。


「…ナタリア」
「はい」
「ナタリア」
「はい」
「っ、違う」
「え?」
「お前の名はナタリアだろう!」
「は、はい」
「だったら…俺の名は、何だ」
「? ルークでしょう?」
「…なら、そう呼べ」
「………」


貴方が好き、と。
気付いたのはもうずっと昔のこと。





「───はい、ルーク」





まだ愛の告げ方を知らなかった幼きあの頃。





「そうだ、ナタリア。…やはりお前の方が綺麗だ」





初めて彼の笑みを受けた、あの日。

メールフォーム

| |