「……ごめん」
「どうしたの? 急に…」
「外殻大地を降ろすのやめようって、そう言えればって…」
「ルーク…」
「だけど、俺…すげぇ考えたけど、外殻大地が落ちたらたくさんの人が死ぬだろ。
だからそんな簡単には言えなくてよ…」
彼は変わった。
否、今も変わり続けている。
今はまだ拙いなりにも彼は、自分なりに頭で物を考えて、
それをどうやって外に発するかきちんと言葉を選んでそれから話すようになった。
少し前から考えれば驚くべき進歩だと素直にそう思う。
『一度失った信用は簡単には取り戻せない』。
言ったのは他の誰でもない私。
取り戻せる望みが全く無いと糾弾こそしなかったけれど、
しかし取り戻すには深くに堕ち過ぎた罪業を彼は背負ってしまったから。
現実、アグゼリュスの一件を機に大佐やアニスは早々にも彼を見限った。
けれどかっての仲間に冷たく突き放されても、ないがしろにされても、
アグゼリュスの一件があってようやく"反省"することを知った彼は、
以前のように誰を恨むでも憎むでもなくただひたすらに努力した。
勿論それは自分のためのものであったのだろうけれど。
そうする内に次第に周囲も、彼のその努力を手を伸べて引き上げるのではなく、
彼が不器用にも必死に積み上げ届かせたものをそっと撫でて認めてみせるようになった。
今では彼が変わり続けていくのを時に厳しく、けれど温かく見守っている。
彼は変わった。
否、今この瞬間にも変わろうとしている。
そしてきっとこれからも変わり続けていくのだろう。
その姿を見て「自分達も変わらなければ」、と。
むしろ周囲にそう思わせるようになる程までに彼は成長し、また成長し続けている。
「馬鹿ね。どうしてそんな顔するの」
無論、私も例外ではなくて。
変わらなければと、そう思えるようになった。
弱い自分を強がって隠し誤魔化すのではなく。
弱さは弱さと。
認めて、時に必要であれば躊躇い無くそれをさらけ出せるような人間になりたいと。
けれど。
「それでいいのよ」
そう、それでいい。
貴方は今ばかりはそれでいいの。
「もしも貴方が『やめろ』なんて言ったら私、貴方を軽蔑するところだった」
だから私もこれで、いい。
貴方の判断は間違っていない。
たかだか私一人の命と、数えきれない人々の命を天秤にかけてはいけない。
そう思うのは、本当。
けれど。
それでも、この胸の何処かで貴方なら『やめちまえよ!』って、
以前のように自分本位にも声を荒げてくれるんじゃないかって思ってたのも確かで。
勿論、前者よりも後者の方がずっと小さなものだけれど、
でもそれは"ささやか"と、そう形容できるような代物ではなくて。
期待、と。
そう名付けて然るべき確固たる感情で。
そしてそれはとても危ういことで。
「ありがとう。貴方を信じてよかった」
だから私は変わることを放棄して、精一杯強がってその感情に蓋をする。
「───おまえ、おかしいよ!」
「え?」
「平気なはずねーんだ! お前…強いフリし過ぎだ。
せめて少しでも怖いとか悲しいとか本音を言ってくれれば、俺…」
「フリじゃないわ」
嘘吐き。
そうやって強いふりをして、貴方を、自分を欺こうとしているくせに。
本当は身体の内側から発せられる痛みに、
ぎしぎしと軋み音を立てて忍び寄る死への恐怖に、
今すぐにでもベッドに伏して目を閉じてしまいたいくせに。
「……ごめんなさい。しばらく一人にして」
「いやだ。ここにいる」
「ルーク! お願い、こんな顔してるところ見られたくないの…」
こんな顔、本当に見られたくないのに。
けれどこんな顔だからこそ、貴方だからこそ見られてしまいたいと思う自分が居る。
今貴方が無理矢理にでもこの腕を掴んで顔を挙げさせてくれればと期待する自分が居る。
「お願い…っ」
気付かせてはいけない。
(気付いてはいけない)
気付かないで。
(気付かせないで)
「じゃあ…、後ろ向いてる」
でも、気付いて。
(本当は気付きたいのに)
「───…馬鹿」
矛盾ばかりの期待とは裏腹に、この心は気付きたくない自分に気付くばかり。
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