「本当に手際がよろしいですわね…。
 アッシュは一体どなたから料理を学んだのです?」
「…ヴァンからだが」
「そうなのですか。確かにヴァンは料理が上手だとティアも申しておりました」
「(まぁ確かに上手いが…男料理の見本というか…)」
「アッシュ」
「何だ」
「私に料理を教えて下さいませ」
「お前は王女だろう。別に料理なんざできなくても…」
「いいえ、王女だからこそです!
 ……あ、いえ、王女だからとかではなく私は貴方に…」
「俺に…何だ?」
「い、いえ。なんでもありませんっ。
 とにかく私はアッシュに料理を教わりたいのです。
 それは勿論アッシュが迷惑でなければの話ですが…その、駄目でしょうか…?」
「………わかった」
「ありがとうございます、アッシュ!」
「じゃあ、今からたまご丼の付け合わせに味噌汁を作るからそれを手伝ってくれ」
「はい!」
「まずはその大根を地紙切りにしてくれ。
 それが終わったら長ネギを小口切りしておいて欲しい」
「『ヂガミギリ』? 『コグチギリ』、ですか?」
「そうだ」
「大根は紙でも切れるものなのですか?
 あ、『地紙』というぐらいですからきっと土の上におけば紙でも切れるのですね!
 ああでも、長ネギの口というのは一体どこに付いているのでしょう?」
「………」





「(さあさあさあ、どうするアッシュ!?)」
「(楽しんでるなー、アニス)」
「(もっちろーん♥)」
「(さて、彼がどう出るか…楽しみですねぇ)」
「(アンタもか…)」
「(勿論です♥  
それにそういう貴方も楽しんでいるでしょう、ガイ?)」
「(まあね)」






「………」
「? どうしましたの、アッシュ?」
「……ナタリア」
「はい?」
「まず大根は紙で切れるものではない。
 研究改良された物ならばどうかは判らないが、
 店先で売っているような大根の繊維でも紙の繊維で切断するのはまず無理だろう。
 それに長ネギに所謂飲食物を体内に取り入れる器官としての"口"は付いていない。
 もし口の付いている長ネギがあったらそれは長ネギではなく魔物か何かだ。気を付けろ」
「まあ! 肝に銘じておきます…」
「ああ。それで地紙切りというのはまず大根を輪切りにし…」
「『輪切り』なら知っていますわ!
 大根や人参のような円筒形の食材を横に切っていくのですわよね?」
「そうだ。輪切りにしたものを真半分に切ることを『半月切り』という」
「成る程…切った食材がまるで半月のような形になるから『半月切り』なのですね」
「食材の切り方は、大概切った食材の形を何かに模した名前が付いている。
 この半月切りにしたものを更に真半分に切ることを『いちょう切り』というんだ」
「これは植物の銀杏ですわね!」
「ああ。地紙切りはここからだ。
 いちょう切りしたものの角、つまり食材の芯に当たる部分をこうして切り落とす。
 これが『地紙切り』だ」
「これは一体何の形ですの?」
「扇の紙の部分だ。扇に貼る紙の部分を地紙というらしい」
「アッシュは本当に博識ですのね…素晴らしいですわ!」
「そ、そんなことはない。
 次は『小口切り』だ!」
「はい!」





「「「………。」」」






「長ネギなどの細い食材を端から同じ幅に輪切りしていくのが『小口切り』だ」
「小口切りは輪切りよりも随分と幅を狭く切るのですね」
「まあ幅は用途によりきだが…今回は薬味だからな、この程度で十分だろう」
「成る程、用途に合わせて臨機応変に…ですわね。判りましたわ」





「(…結局、全部アッシュが切ってんじゃん)」
「(まぁそういうなよ、アニス)」
「(そうですよアニス。 
  おかげで幸いなことにも私達の胃腸は難を逃れたわけですから)」
「(あ、そっか)」
「(ナタリアの料理は破壊力抜群だからな…)」
「(アッシュさまさまだね〜)」





「あ、あら。気付けばアッシュが全て切ってしまいましたわね…」
「…!(しまった!)」
「でしたら私が味付けを」
「「「(───何ィイィィ!!?(汗))」」」
「待て、ナタリア」
「何ですの?」
「料理は基礎が重要だ。
 食材の良し悪しを決める切り方、味付けを学ぶのはこの基礎を固めてからだ」
「…そうですわね。何事も基礎が肝要。
 殊、手順の複雑な料理という技ともなれば学ぶ順序が物を言うのですね」
「あ、ああ」
「「「(アッシュ、グッジョブ!)」」」





(アッシュ…お前、イイ奴だな…(ほろり))
(だ、黙れレプリカ!)





アッシュがこの上無く頼もしく思えたとかそんな一日。

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