「鴇」
「何、紺?」
「逃げるぞ」
「へ?」
「逃げても無駄だぞ。
ついでに言えば隠れても無駄だ」
「うへぁッ!?」
「ち…っ」
夜闇から浮かび上がるように姿を表したのは、
草色の着流しに黒い掛け、髷は無く長い前髪が印象的な美丈夫だった。
「さん!?」
鴇時と紺と同じく、大江戸幕末巡回展から此方へと閉じ込められた一人である。
紺より1年程後に、つまり鴇よりも1年早く此方へとやって来た彼女は、
『此処は女であると色々と面倒が過ぎる』として、
元より中性的に整ったその顔立ちと背の高さを活かし、
また医学と植物学の知識を発揮し此方では男として、薬師として過ごしていた。
「また悪巧みか」
「放っとけ」
「今度は何を企んでいる?」
「お前にゃ関係無ェだろ」
「企画立案者は鴇か」
「あ、うん」
「馬鹿が…」
「へ?」
実に淡々と現状を解析していくに、紺が赤ら様に顔を顰める。
その顔にはありありと『説教なら聞かねェぞ』と書き出されていた。
しかしそれにも、一つ鼻で溜め息を吐くことでいなしては、
サラシで抑えた胸が目立たぬようにと常に組んでるその腕を解いて言った。
「私も一枚噛ませろ」
きょとりと目を丸くした鴇。
はァ?と悪態を吐いた紺。
両者両様の反応にもさして気にとめた様子も無くは「意外そうだな」と続ける。
「…どういう風の吹き回しだ?」
「さっき朽葉の手当てをして来た」
「!」
「朽葉の痛みは私の恨みだ」
「…成る程な」
「いいか? 鴇」
「勿論! さんが協力してくれるなら心強いよ」
「そうか。ありがとう。
あと、此処では""だ」
「あ、そっか。
それじゃ…えっと、よろしく、」
「ああ。よろしく頼む」
「…まぁいいか。
そんじゃ、ひょっとんトコ行くぞ」
その後井戸端を黄色く賑わすこととなる鴇・紺・の3人組に、
出会ってしまったことに地味も極まれる平八が涙を呑む羽目になるのはまた後日の談。
逃げても無駄、
隠れても無駄。