私は、私達は帰って来た。
たくさんの仲間に願われて、見送られて。
元の世界へと、この世界へと戻って来た。


「下に、行かなくちゃ…」


あれから"彼"の望んだ"日常"が続いている。
穏やかで、平和な日々が。


「夕飯の支度、手伝わないと…」


静かな平穏の中、思い出すのは貴方と過ごした日々。

貴方と出会った春はとても暖かかった。
貴方と過ごした夏はとても鮮やかだった。
貴方と眺めた秋はとても美しかった。
貴方と越した冬はとても優しかった。


「ちゃんと…元の生活に…」


確かに、貴方"の"居た世界は戦火の絶えぬ世界だった。
蒼い空は赤く焼け焦げ、碧い海は黒く焼け落ちてばかりいた。
けれど、それでも。
貴方"と"居た世界はとても鮮やかだった。
戦のせいでもなく、炎のせいでもなく。
貴方の声が、呼吸が、生が、全てを色付けた。


「元の生活に戻らなきゃ…、私、帰って…来たのだもの」


帰って来た。
帰って来てしまった。
帰って来てしまったこの世界に、貴方は居ない。
貴方はもう何処にも居ない。


「…っ、弁慶…」


私はあの世界に落とされて。
偶然貴方と出会って。
それが当然のように連れ添って。
極当たり前のように恋をして。
そして何を伝えるでもなく、ただ終わりだけを告げた。


「べん、けい…っ」


窓の枠に切り取られたオレンジ色の空。
家々の屋根を繋いだ地平線に鈍くとろける夕陽。
こんなものは夕陽じゃない。
こんな褪せて抜け落ちたオレンジの空なんて。


ああ、火の粉舞う橙の空の方が美しいだなんて。





「───ごめんさない、貴方のたった一つの願いだけれど私には叶えられそうにない…」





もう私達は、同じ夕陽を見ることは永久にない。










君は元居た世界に戻った。
たくさんの仲間に願われ、見送られて。
争いの無い、穏やかで平和な世界へと戻って行った。


「この花の名前は何て言うのかな…」


あれからまた戦の日々が続いている。
火の粉舞う橙色の空が奥州の白い美雪を無惨に染め上げている。
君はどうしているだろう。
争いの無い、穏やかで平和な世界で今誰と笑い合っているのだろうか。


「僕は生薬としての名しか知らないからな」


心安まらぬ戦の日々に、思い出すのは君と過ごした日々。

光雲の桜を見れば君の柔らかく穏やかな寝顔を想い出す。
七段花を見れば君の綺麗な泣き顔を想い出す。
美濃菊を見れば君の物静かな思慮の顔を想い出す。
寒椿を見れば君のしとやかでけれど艶やかなその笑顔を想い出す。


…」


君と出会って僕はたくさんの花の名前を知った。
花の名前と共に、季節の移り変わりを覚えた。
そう、君と居た世界はとても鮮やかだった。
平静な時ばかりではなかったけれど、確かに穏やかな時が流れていた。
しかしこの世界に君はもう居ない。
あんなにも美しかったはずの花々は色褪せ、僕も今はもう季節の名を口にすることも無い。


「奥州の美雪は本当に真白で…まるで君みたいだ」


君はこの世界に落とされて。
偶然僕と出会って。
それが当然のように連れ添って。
極当たり前のように恋をして。
そして何を伝えるでもなく、終わりだけを告げた。


、僕は思うんです」


野を焼き、人の命を焼き払う劫火に塗り込められた橙の空。
もはや輪郭すら立ち上る炎に溶かされ地平線に鈍くとろける夕陽。
ああ、君と見た夕陽はあんなのにも美しかったのに。
こんな褪せて抜け落ちた橙の空なんて。





「───…君が最初で最後の想い人で本当に良かった、と」





もう僕達は、同じ夕陽を見ることは永久ない。


わざとらしい 
空の色など 
燃やして。