「こんにちはー」
「秋
チウ んとこの嬢ちゃんか」
「はい。です」
「帰れ」
「酷ッ」
実に礼儀正しく店を訪れた女子高生に対する店長の歓迎は、
季節感の無い保冷用ケースの中以上に冷たかった。
「そんな直球勝負で寄越されるとさすがの私も傷付くんですけど」
「どこに商売敵を笑顔で迎える馬鹿がいるんだよ」
「商売敵なんですか、私」
「華仙とくりゃ花屋の商売敵だろうよ」
お前が秋の処に来てから奴からの稼ぎが減ってるからな。
言ってカイはその太い指で器用にも色鮮やかな花々を束ね続ける。
ちなみに店に入ってから此の方一度たりとも視線はに向けられてはいない。
いつものことである。
わざとらしく両肩を竦めては、心底寂しそうに鼻で溜め息を吐いた。
「そんな邪見にしなくたっていいじゃないですか。
いくら華仙モドキっつったって、"元"がなきゃ何にもできないんですから。
っていうか、むしろ華仙にとったら花屋の方が看板に偽り無しの『仇』ですよ」
「………違げえねぇ」
花屋は花を殺して売る。
華仙は花に宿る花の精である。
まさに仇敵だろう。
相手に取られた揚げ足にうっかりなんて同意など発してしまい、
その太い眉が顔ごと顰まる。
それに「あは」と笑ってはレジの奥を、
もといレジの奥に居た人物を覗き込んで言った。
「今日はイエンリィさんに用事です」
ふわりと瑞々しい牡丹の香が鼻をついた。
「こんにちは、イエンリィさん」
ちりん。
「コレ、座木さんからの差し入れです。
いいプラムが手に入ったんで是非イエンリィさんにって」
「どうせ"出張"先の井戸端会議での戦利品だろうが」
「あはは、そこら辺は座木さんの名誉のためにノーコメで。
『ちょうど食べ頃なので早めに食べて下さいね』、だそうです」
ちりんちりん。
「はーい。
あ、ちなみに『カイさんと一緒に』という言葉はありませんでしたから。念のため」
「座木め…」
儚く笑うイエンリィへと向けていたそれとはころりと一変、
「ああそういえば」とばかりに意地の悪い事を意地の悪い顔でそう言い寄越す。
対してカイは鼻横の頬の筋肉を引きつらせ苦虫を潰したような表情をこさえてみせた。
根本的に女好きのカイものこの毒が弱そうでその実そんなことはなく、
しかしだからといって猛毒でもない性質が得意ではなかった。
「それじゃお邪魔しまーす」
「この耳は飾りか? あァ?」
「確か『客に茶も出さない』うんぬんでしたっけ。
これは座木さんに報告しないと」
「この野郎…」
片耳を摘まみ上げられながらもニッコリと笑うに、盛大な溜め息を浴びせる。
そう、この女は追い払えた試しがない。
正直、力加減が判らないのだ。
仕方無くイエンリィからプラム入りのカゴを引ったくって、
保冷用ケースとレジの間を抜けリビングへのドアを開け放つ。
それを歓迎と取ったらしい。
再度「お邪魔します」と律儀にも断ってはひょこりと足を踏み入れた。
「ついでだ、咲かしてけ」
「あっれぇ、私って商売敵なんじゃなかったですっけ?」
テーブルの上に乗せてあった植木鉢を乱雑に押し付ける。
押し付けられるままにも受け取ったのを確認し、流し台へ向かう。
プラムをザルへと放り込み蛇口を全開にして上から水を流した。
「お前、今のわざとか」
「『今の』?」
「秋の物真似かって聞いてんだよ」
「ああ、『あっれぇ』ってやつですか。
確かにちょっと似てたかも。移っちゃったのかな。嫌だなぁ」
「………お前、ある意味秋や座木よりもタチ悪いな」
「え、何でですか?」
「薄らと座木ベースに秋のエッセンスが点々と入ってる」
「光栄です」
「可愛げのねぇ」
「カイさんこそ」。
くすくす笑いながらも、押し付けられた植木鉢へと掌を翳す。
一度ふわりと宙を丸く撫でるとそっと指先を湿った土の上へと置く。
「恥ずかしがらずに出ておいでー」。
冗談なのか、本気なのか。
鼻歌でも歌い出しそうな様子でそっと土面を撫でるその姿を、
呆れも包み隠さずに眺めていれば、ひょこりと萌葱色のとんがりが土の中から顔を出した。
「おはよう」。
その芽を人さし指の先でちょんと触る。
続いて「ほら、おいで」と、
まるで魔法の杖でもふるかのようにリリカルな軌跡を描いて手を持ち上げた。
すると芽が双葉に、双葉が本葉に、茎が枝に、葉が蕾にと、
まさに録画画像を早送りするかの如くに急速に成長を遂げていくそれ。
仕上げとばかりにが蕾の首元を人さし指の腹でくすぐれば、
柔らかなつぼみが開花の一歩手前という具合にほころんで止まった。
カイが口の中で舌打ちする。
それはある意味の力に対する賞賛でもあった。
「この子、美人さん」
普通に育てていたら数カ月とかかる、また枯れてしまう可能性の方が断然高いそれが、
冷蔵庫から麦茶を取り出し出し3つの湯飲みへと注いだ僅かな間に、
見事な非の打ち所の無い売り物となった。
「終わりましたよー」
「おう」
「他に何か言うことはないんですか?」
「これ食ったらとっとと帰れ」
「うわー。
カイさんがそんなんだから『花花に行って来ます』って言うと、
その都度『気を付けて下さいね』なんて座木さんが送り出してくれちゃうんですよ」
「そいつぁ過保護なこって」
「ええ、毎度赤ずきんちゃんの気分です」
「食ってやろうか」
「こう見えてお裁縫は得意なんですよ」
「………ほんっとにタチの悪りィ」
「恐縮です」
「………」
おそらくわざとやっているのだろう。
座木を意識したその受け答え。
腹立ちまがいにもその視線の先へと、
水道水で洗って冷やされたプラムを叩き付けるように置く。
ざるに入れたまま出されたプラムにも難癖の一つも付けずは、
「イエンリィさーん、休憩でーす」と店主を無視して店先へと声を掛けた。
ここは何処だ?
お前の家か?
思わず喉に出掛かったが、イエンリィが表情こそ出ていないが、
ほのかに嬉しそうな雰囲気などまとって部屋に入って来たりして、
迂闊にも僅か10文字程度の台詞を胃の辺りまで飲み下してしまった。
見遣れば、勝手知ったるなんとやらとばかりに、
乱雑に積まれた山から座布団を引っぱり出しイエンリィへと勧めてなどいる。
その頭を八つ当たりまがいにも第一関節から上ではたけば、
「暴力反対」という小さな苦情が湧いた。
どうやらコイツは秋と違って猫を被ってるわけではないらしい。
適当に聞き流し、その手から座布団を引ったくる。
それにドカリと腰を下ろしてプラムにかぶりついた。
一方はといえば、半眼でもって抗議の意を示しつつも、
手ではきちんとイエンリィへと新たに座布団を勧めていた。
そしてイエンリィが手を付けるのを待ってから手を伸ばし、
やはりイエンリィが口を付けるのを待ってから、はむはむとプラムを食し始めた。
「美味しいですね、イエンリィさん」
ちりん。
イエンリィの腕の鈴が相槌を打つかのように涼しい音を立てた。
帰れ。
基本的に女好きのカイだけど、力加減が判らないせいでヒロインのことは苦手。
イエンリィは花の気配がするからヒロインのことはわりと好き。