「火を止めても蓋を開けてはならない鍋もあるんじゃないかな」


絶句する特命係の二人を余所に、過ぎ去ろうとする官僚のその背を引き止めたのは、
明らかに場違いそのものな緑のブレザーの女子高生だった。


「仰る通り」
!?」
「官房長官殿は実に懸命であらせられる」
「あれ、僕誉められた? 君に?
 君に誉められると碌なことが無いんだよねぇ」
「それはそうでしょう。
 貶してますから」
「やっぱり」


後ろで手を組んだまま半身振り向いた官僚は、ひょっこりと肩を竦める。
対して女子高生はにっこりと笑みを返した。
一見して年相応の、とても人好きするだろうそれ。
しかし数秒の経過をもっても睫毛の先すらも微動だにしない完璧な造りのそれは、
まるで精巧なプラスチック製の仮面を思わせ、当人達以外の背筋に不可解な寒気を奔らせた。


「右京さん。
 自浄作用というのは得てして"分解"を機能として持つ機構に期待されるべきものであって、
 "沈澱"や"吸着"してばかりのこの末期的な病巣にそれを求めるのは酷というものですよ」
「酷い言いわれ様だね」


だって無造作に分裂させて無作為に転移させて無制限に増殖させて、
もはや腫瘍の位置すら把握できなくなっているそれを、
末期の"癌"と言わずに何と言うんです?
やはり完璧な笑みを貼り付けたしたまま女子高生は言う。
僕もこの歳ともなると他人事じゃないんだからもっとオブラートにくるんでよ。
官僚はやれやれとばかりに気怠く首を振った。


「君、本当に僕のこと好きじゃないよね」
「スキじゃないというかキライです」
「いつもの歯に着せてくれる衣はどこやったの」
「どっかに。
 あ、そうそう小野田さん」
「何?」
「僭越ながら一つ御忠言を」
「君から?」
「はい」
「僕に?」
「ええ」
「珍しいこともあるものだね」
「だって今、もの凄くイイ気分ですから」
「相変わらず素直な子だ」


女子高生の双眸がこの部屋に入って初めて感情を伴ってゆったりと細まる。





「───全て鍋に蓋があると思ったら大間違いですよ」





告げて"犯罪者"は、至極愉快げに嗤った。





「あと火元を一つと決め込んで俯瞰しようなんて怠慢もいいところですよ。
 これは右京さんも心に留めておくとよろしいかと」
「それは…」
「では、私は一足お先に失礼しまーす」
「オイちょっと待てよ!」
「まったねー、薫ちゃん♪」


特命係に向かってだけパタパタと手を振ると、
官僚の真横をすり抜け女子高生は軽やかに官房長官室を後にした。


好きじゃない 
というか嫌い。