「As I was going to St.Ives.」


『それはセント・アイブへ向かう途中のこと』


「I met a man with seven wives,
 Each wife had seven sacks,
 Each sack had seven cats,
 Each cat had seven kits.
 Kits, cats, sacks, and wives,」


突然、理事長執務室でそんな唄を歌い出したのはだった。


『7人の奥さんを連れた男に出会いました
 どの奥さんもそれぞれ7つの荷物を持っていて
 どの荷物にも7匹の猫ちゃんが入っていて
 どの猫にも7匹の子猫ちゃんがいました
 子猫ちゃん、親猫ちゃん、荷物くん、奥さん…』


「How many were there going to St.Ives?」


『さあ、セント・アイブに向かったのはどれだけでしょう?』


歌い終えては、ニコリと首を傾げてJr.とガイナンに解答を促した。


「あー…、まず男が1人いて、
 んで、その男に7人の嫁さんがいて、嫁さんは各々7つの荷物持ってて、
 その荷物ん中には各々7匹の猫がいて、猫には7匹の子猫がいて…って、何じゃコリャ。
 物理的に有り得ねェだろ」
「ノリが悪いわねぇ。
 謎掛け唄なんだから常識的に考えたら負けなのよ」
「へーへー、了ー解。
 ま、要するに1+7×7×7×7だろ?
 つーことは、2401」
「ブッブー。
 だから常識的に考えたら負けだって言ってるでしょうが。正解はねぇ…」
「わー! 待て!
 あと3分待てって!」
「しょうがないわねぇ」
「Jr.が不得手とする類いの構造の問題だな」
「あ、ガイナン理事はもう判りました?」
「ああ」
「何ィ!?」
「はいどーぞ」


言ってガイナンの元へと寄り、利き手を耳に添えてみせた
要は内緒話の要領で解答を、と。
つまりはそういうことで。
促されるままにも腰を折り、の耳元へとその唇を寄せる。
吐息が感触を持つ、触れるか触れないか紙一枚のその距離。
Jr.がムッと口元を歪めたたのにも気付かぬふりを決め込みガイナンは、
小声にも低く、なめらかに答えの数字をその鼓膜の奥へと注ぎ込む。
ぞくり、と。
思わぬ心地良さに、反射的にも素で頬を染め首を竦めた
そんな自分に対して見せた事など無いその反応を見過ごせるはずもないJr.は、
戦闘でも見せないような瞬発力を披露し立ち上がると、
大股で二人の間へと割って入り、小さな身体全体で大の字を描くとベリリと引き離した。


「そこ! ナチュラルに人の女の腰に腕回してじゃねェよ!!」
「これは失礼。
 …それで、解答は正解かな?」
「え? ああ、正解です」
「それは良かった」
「うーん…しかし、ガイナン理事は本当に油断ならないですね。
 不意打ちにもウッカリガッツリとトキメキましたよ。
 まだ心臓バクバクいってますから」
「光栄の至りだな」
「何さりげなく手取ってあまつさえ甲にキスなんてしやがってんだオイ!!」
「手の甲へのキスは尊敬のキスだったかな?」
「ええ。グリル・パルツァーですね」
「お前も振り払うとか何かしろよ!」
「だって老若男女を問わず美人は大歓迎な乙女としては、
 こんな手放しでトキめかざるを得ない展開の数々を無下になんてできなくて…」


言って、取られているのとは逆の手を頬にあて、
うっとりと穏やかに笑むガイナンを見つめ返すに、
元より長くも丈夫にもできてもいないJr.の堪忍袋が切れるのは当然の帰結だった。


「───おらッ」
「は!?」


その身長を活かしてJr.は、死角からの腹へと腕を引っかけ、
ラリアットの要領で背後へと乱暴に倒し、高級なベッドへと背中から沈めた。
予期せぬ強襲を受けたは成すがまま。
着地の衝撃に、細身が数度ベッド上で跳ねる。
「な、何なの?」。
あまりに唐突且つ突発的なJr.の行動。
責め咎めるよりも状況把握という選択肢が優先されたらしい。
無防備にも倒された体勢のままにも、ぱちぱちと瞬きをして加害者であるJr.を見上げた。


「グリル・パルツァーな」
「は?」
「『手の上なら尊敬のキス。
  額の上なら友情のキス。
  頬の上なら厚情のキス』だったよな、確か?」
「そ、そうだけど」


の顔の横に手をつき妙に淡々と、まるで念を押すようにそう確認する。
2人分の体重を受けて更にと深く沈んだベッドに、
人目も憚らず、まさに覆い被ってきたJr.に内心薄らと冷えた汗をかく。
手の上なら尊敬のキス。
額の上なら友情のキス。
頬の上なら厚情のキス。
先程ガイナンが引用し、が肯定した一説。
この後に続く文は。
真上にはJr.の真顔。
まずい、目が本気だ。
状況を整理しそこから弾き出された予測結果に思わず口元が引き攣る。
すると応えるように、見下ろしてくるJr.の口元に見なれない笑みが浮かんだ。
ああ、遊びが過ぎた。
そうしてその確信にも似たの予感は見事的中する。


「───ん…っ」


落とす、というよりは。
重ねられたというよりは、押し付けられたとそう表すのが正しい唇。
が己の先見の甘さを嘆こうとすれば、それより先に無造作に舌が入り込んできた。


(本当にこの男は26歳なのか12歳なのか計りかねるわ…)


衝動的なくせに、甘さを含んだ口付け。
ともすれば、呆気から迂闊にも閉じ損ねた瞼に舌打ちをしもする。
視線の先には控えめにも目を見張るガイナン。
ああ、自分に代わって向こうが目を閉じてくれないものか。





「───『唇の上なら愛情のキス』ってな」





しかしそんな淡い希望も、まるでそんな自分以外へ向けられる視線を、
遮るように挙げられたJr.の顔によって徒労に終わる。
してやったりと言わんばかりの子供じみた、けれど何処か大人びた男の笑みに、
視界から全てをとって代わられたは素直に両手でもって見えない白旗を挙げた。





「この嫉妬魔人は…これじゃ『唇の上』じゃなくて『口の中』じゃないの」
「………『閉じた目の上なら憧憬のキス』」
「ちょ、ちょっと」
「『掌の上なら懇願のキス』」
「落ち着きなさいよ、Jr.」
「俺はこれ以上無いってぐらい落ち着いてるぜ?」
「人前で女の首筋に歯を立ててる男に許される台詞じゃないわよそれ…、んっ」
「『腕と首なら欲望のキス』ってな」
「…俺はそろそろ退席するとしようか」
「いたいけなカウンセラーを見捨てるって言うんですか、ガイナン理事!」
「そうだぜ。もっとゆっくりしていけよ、ガイナン」
「色々と心苦しいが、メリィ、シェリィとの約束もあるのでね。
 失礼させて貰うよ。…『馬に蹴られて死ぬ』のはやはり御免被りたい」


しかし、女性はもっと丁重に扱うべきだと思うが?
扉を閉め様にもそう告げてガイナンは、
物珍しいの悲鳴に名残惜しさを感じつつも静かに執務室を後にした。


老若男女を問わず 
美人は大歓迎。



2006年の年賀状企画だったゼノサ夢の再録。
マザーグースのいじわるな謎掛け歌、御存じの方も多いかと。
ちなみに答えは【人】(セントアイブに向かってるのは歌っている『私』1人