「ヘっ、…ちと、やべーかもな」


まさかこんな処でくたばるハメになるなんざ思いもしなかった。
そりゃ忍なんて仕事をしてんだ。
死ぬのが仕事と言われりゃまったくその通りで。
死ねと言われれば死にに行くし、生きて戻って来いと言われれば本陣に帰る。
それが任務。
忍の務め。
そういや、お館様は何つってたっけか。
今回の俺の仕事は『死ぬこと』だっけ?
それとも『生きること』だったか?


「やれやれ、ザマねぇや…」


もはや血が足りず、記憶すら覚束無い。

こりゃ尻尾巻いて逃げときゃ良かったかな、なんて。
思うがこの指は相変わらず武器を固く握り締めて手放そうとはしないし、
足の方も逃げる兎を真似ようとはしない。
理由は一つ。
この背後には最後の門があって、その更に後方には自軍の本陣があるからだ。
こればっかりは突破されるわけにはいかない。
尤も、今となっては『突破されるまで撤退するわけにはいかない』になるが。
とにもかくにも、後ろには総大将であるお館様が居る。
そして姫さんが居る。

自分が生きたまま此処を抜かれることは許されない、許さない。


「でも…もう、こりゃ無理…かな?」


けれど、もう。
この身は既に。





「───なに私に何の断りも無く、勝手にこんな処で死にかけてるのよ」





耳が痛む程に真っ青な空に、硝煙の香りが白い雲を描いて消えた。





「……は?」
「冗談じゃないわ」
「姫、さん…?」
「佐助は私のモノでしょう」


どうして。
どうしてこんな処に居る。
姫さんは今、この門の向こうの本陣に、
お館様の隣に立って居るはずだ。
こんな処に居るはずない。
ああ、幻覚か。
走馬灯の一映か。
それなら合点がいく。
何せ自分が今1番会いたいと願ったのは他ならぬこの綺麗な姫さんなんだ。


「佐助は私のモノ…、違う?」


ああ、そうだよ。
口に出して言葉にしたことこそ無いけど、俺はもう大分前から姫さんのモンだったよ。


「私のモノのクセに、私の知らない処で死ぬ気?」


すっげぇ殺し文句。
我ながら気前のいい走馬灯だ。

不可抗力にもだらしなく緩んだ口元をそのままに、喉仏を転がし笑えば世界が白んで霞んだ。





「───私は佐助の知らない処で勝手に死んだりしない」





さぁ、さっさと終わらせて帰るわよ。

乾き切った唇に触れた甘く柔らかな体温に。
遠退きかけた世界が一気に逆流してきて空の青さが目に滲みた。


帰るよ、
君の元へ。



だって私は佐助のモノでしょう?
だから私は佐助の知らない処で勝手に死んだりはしない。

コッソリ後日談