「さーすけ。居るー?」
「はいよ」


呼べば、しゅんっと黒い残影を伴って姿を現したのは派手な迷彩の忍だった。


「遊ばない?」
「遊ぶってーと…」
「そう、組み手」


ね?、と。
ニッコリと。
合わせた両手を頬の横に添えてねだって見せれば、
相手はげんなりとした顔をこしらえて寄越した。


「暇なの」
「あのさぁ、姫さんが強いのは判るんだけどさ…」
「遊んで?」
「………」
「ね?」
「………」
「私は佐助がいいの」
「……はぁ」


武器があれば幸村や他の同僚の武将達も相手をしてくれる。
けれどそれが体術となると勝手が違うらしい。
幸村曰く「破廉恥であるッ」。
他同僚曰く「自分では役不足」。
おかげで私と組み手をしてくれるのは今ではお館様か佐助ぐらいのもの。
そしてそのお館様は現在視察や何やらの執務で邸を空けている。
だからこそこうして濡れ縁に出て佐助を呼び付けおねだりなどしてるのだけれど。


「………ま、いいけどね」
「私、佐助のそういう真正面から頼まれると弱いところ好きよ」
「そりゃどうも」


がっくりと肩を落とした佐助の腕を取り、
練兵場ではなく、お館様のプライベートな修練場へと向かう。
ちなみに使用許可を貰ってるのはお館様に稽古を付けて貰う幸村と、
そんな2人が上司故に仕事上どうしても許可が必要な佐助と、
拾われてからこの方有り難くも何かと娘のように可愛がって貰っている私だけだ。
私も佐助も、出来る限り周囲に手の内を晒したくないタイプであることもあって、
この修練場には本当にお世話になってる。
言えばお館様は「まっことしたたかな娘じゃ」と愉快げに笑っていた。


「姫さん」
「何?」
「どうせなら賭けとかしない?」


と、回想に浸りかけて隣の佐助の声に引き戻される。
『賭け』とはまた突拍子もない。
ついでに佐助らしいとも言えない。
さて、どうしたものか。
わざとらしく「うーん」と一つ唸って牽制を仕掛けることに決めた。


「それって下心満載?」
「相変わらず手堅いこって…」
「身持ちは堅い方なの」


修練場の入り口まであと数十歩。
それまでに佐助のこの賭けの意図を解き明かせるだろうか。
何せ相手は真田忍隊の長。
まぁ、糸口ぐらい垣間見えたら上出来か。


「姫さんが勝ったら、俺は姫さんの言うコトを1つ何でも聞くってことで…」


初から私が負けること前提なのね。
この間は足払いで失敗したから、今回は踵振り抜きの上段蹴りで狙ってやる。
そんな事をつらつらと考えてそう、油断した。





「───俺が勝ったら、これから姫さんのコト名前で呼ばせてよ」





何て下心満載な、曝け出しな。

見遣れば修練場の入り口に寄り掛かって食えない笑みを浮かべる相手に、
ようやく自分が遅れをとったことに気付いた。





「…呼べばいいじゃない、名前で」
「へ?」
「私、名前で呼ぶななんて言った?」
「いや…」
「大体、私に『姫さん』ってあだ名付けたのは佐助でしょ」
「それはまぁ…そうなんだけど」
「私のこと『姫さん』なんて呼ぶの佐助だけだし。
 まぁ私も私で『姫さん』って呼び方結構気に入ってはいるんだけど」
「………」
「………」
「…もしかして俺ちょっとスベった、みたいな?」
「スベったわね、軽く軸足が。
 しかもしてやったりとばかりにカッコつけておきながら」
「うわー…」
「でもそういう趣向って好きよ。
 その心意気や良し、その賭け乗った」
「へ?」





一瞬、きょとりと目を見張って佐助は、
ようやく自分が反撃を受けたことに気付いたようだった。


当然、下心は 
存分に満載だよ。



佐助に姫さんと呼ばれ隊。(本気で同盟作ろうかと思いました)