「成る程。それで絶対座標も合致している訳か」


連邦からの宣戦布告に対し、
実にゆったりと、あまつさえ関心したように利き手を口元へと添えたガイナンに、
緊急事態とブリッジに集まっていた面子は各々渋面を浮かべた。


「動かぬ証拠という奴だな。
 本当に私達がやったような気がしてくるよ」
「あら、それって聞き様に依らなくとも問題発言じゃないですか、ガイナン理事?」
「そういえばそうだな。聞き流してくれ」
「任せて下さい。聞こえないフリは七つの特技の内の一つなんで」
「…この状況にあって、随分と余裕だな」


ガイナンと同様に、この緊迫した事態にもかかわらず、
焦りの気配など微塵も感じさせないどころか、
むしろのほほんとなど愛用のマグカップでコーヒーを啜る

ファウンデーション代表理事とデュランダル専任カウンセラー。
元より取り乱すことの無い2人ではあるが、しかしそれを差し引いても余りある泰然ぶり。
何かしらの備策があるのか。
それがジギーの弾き出した分析結果であり、
またわりかし冷静を保っている者達共通の見解だった。
さもあれば、一同を代表し、沈黙でもって"せかし"て寄越したジギーに、
「まぁね」と、やはり意図の読めない笑みを浮かべては一つウィンクを返した。


「ま、こんな寄せ集めの連邦戦艦、デュランダルが本気出せばものの数じゃないし」
、それこそ問題発言だろう」
「いやん。そう言われればそんな気も」
「お前らなぁ…」


悠々と漫才を交わす2人に、思わず頭を抱え込んだJr.だったが、
しかしこめかみを指先で押さえるシオン以下の心境も皆一様だった。


「それに、ね。シェリィ?」
「ええ。いずれにせよ、これで連邦政府及び軍内部に、
 U-TIC機関残党が深く入り込んでいるという情報、確認できましたね」
「そういうこと。何時もレッツ・ポジティブ・シンキングよ、ジギー」
「………そうか」


何だかんだとサイボーグまでも巧みに丸め込んだは、
鼻歌でも歌い出しそうな様子でモニタとコントロールパネルを、
表示するようレアリエン達に命じると、突然目にも止まらぬ指捌きを披露し、
軽やかにキーパネルを奏でて"何か"をこなし始めた。
「…何してんだ?」とJr.が聞いて寄越せば「ちょっと布石をね」と笑う。
がこういう笑みを浮かべている時は大概、
とんでもない"趣向"や"小細工"を仕込んでいる時だ。
それを知っているJr.とファウンデーション面子が静かにそれを見守る中、
が何をしているのかモニタ画面から読み取ったシオンとアレンが、
揃って驚愕の声を上げようとした瞬間。
「完了」とが茶目っ気たっぷりにもパチンと指を鳴らして、
コントロールパネルから一切のモニタ表示を消したまさにその瞬間。


「私は星団連邦軍特殊作戦司令部情報局 ラピス・ローマン大尉。
 現時点を以って本艦は星団連邦の管理下に置きます」


武装部隊の隙の無い足音と共に、ブリッジに凛と響き渡った低い女の声。


「ガイナン・クーカイ、星団連邦反逆罪容疑で連行します。来なさい」
「仰せのままに」


やはり何を取り乱すでもなく、実に紳士的な態度をもって両手を挙げ、
女指揮官・ラビスの指示に従い素直に連行を承諾したガイナン。
それを不安げに見送るシェリィとメリィの影で、がそっとJr.へと囁く。
「そう易々と女の顔を殴っちゃダメよ?」。
「は?」と訝しげに聞き返したJr.に「ちょっとばっかり逃げ出し易くしといたから」と、
くつくつ咽を鳴らして笑いながらは、
両手をポケットに突っ込むとくるりと白衣を翻し背後を振り向く。
場違いにもどこか楽しげですらあるその視線の先にあったのは、先程の女大尉だった。


「貴女が本艦のカウンセラーですね?」
「イエス」
「貴女にはこれより戦闘型レアリエンの活動停止処理を行って貰います。
 無駄な抵抗はせず、大人しく我々の指示に従うことを推奨します」
「『活動停止』でなく、『一時凍結』処理ならば従う余地があるけど?」
「ならば訂正しましょう。
 貴女には現時刻より戦闘用レアリエンの一時凍結処理を行って貰います。
 ついて行きなさい」


ラピスの言葉が終わると共に、ざっと進み出た兵士2人。
それらに、降参とばかりにはひらりと両手を挙げた。
その背に無造作に銃口が突き付けられる。
「おい! そいつに触んな!」。
Jr.の叫び声がブリッジにこだます。
しかし。





「───それはもう、仰せのままに」





口元と目許に飄々とした、けれど底の知れない不敵な笑みを浮かべて。
その場のラピス以下兵士一同の背筋に不可解な威圧を奔らせてカウンセラーは、
ゆったりと自らの足でもってブリッジを後にした。










「まったく…適わんな、あの人には」


後に、の"小細工"のおかげで顔に怪我を負うことも無く戻って来たラピスから、
ガイナンに倣って飄々と両手を挙げて見せたの大物っぷりを伝え聞いて、
ヘルマーが「それがあの人ではあるが…」と苦笑を噛み殺したのはまた別の話。


特技は 
聞こえない 
フリです。