「ちび様、本艦五時方向に敵集団転移。全域包囲されつつあります」
「逃がさねぇってか…集団で連携とはね。
これまでになかったタイプだぜ。
ゲートジャンプしても果たして捲けるかどうか…」
「ちび様、エルザが新手に追われとる。このままじゃ───」
ゾハル・エミュレーターの共振波を追ってゲートジャンプしてみれば、
そこには夥しいグノーシスの大群と、それらに追われる見知った船籍。
砲門全開で応戦するが、いかんせん相手の数が暴力的過ぎる。
補給前、U-TIC機関との小競り合いも重なり消耗戦に出るには圧倒的に不利。
このままでは食い潰される。
Jr.が無言でそんな結論を脳裏に導き出したその瞬間。
「はーい。
忙しいところ悪いけど、エルザの後部17番ハッチをモニタに出して貰える?」
警報が錯綜する中、実にのほほんと響いたのは耳に良く馴染んだ女の声だった。
「はぁ? おまっ、このクソ忙しい時に何考えてんだよ!?」
「まぁ色々と」
のほほんとはしているがどこまでも平静なその物言いに、Jr.が言葉を詰まらせる。
それは見上げたの顔から、普段の飄々さがすっかりと影を潜めていたからだった。
は時たまこうして不意打ちまがいにも"静まり返った"表情を見せる。
まるで細波すら立たない朝の湖面のような瞳。
がこういう顔をしている時の言動は確実に信用できる。
決して長くはないが、しかし短くもない付き合いから知り得ているからこそJr.は、
またシェリィとメリィを筆頭とするレアリエンを含めたディランダルの人間達は、
皆一様に事の成り行きを見守ること決めた。
「エルザ後部ハッチ、モニタ開きます」
「これは…」
ブリッジ前面に大きく映し出された映像。
先程が指定した、エルザ後部17番ハッチである。
そしてそこには大群でうごめくグノーシスの暗雲と、一人の女性。
否、防護服も無しに宇宙空間に存在できる人間などいない。
さもすれば。
「レアリエン…、いや、アンドロイドか…?」
誰よりも先に解答を口にしたのはやはりJr.だった。
「KOS-MOSよ」
「あ?」
「Kosmos Obey Strategical Multiple Opration System。通称KOS-MOS。
ヴェクター入魂の一作・対グノーシス専用人型掃討兵器、要するに戦闘用アンドロイドね」
「お前、また何でそんな機密情報を…」
「ちび様!」
「あ"ー、クソ! 今度は何だ!?」
場違いにもどこか楽しげですらあるその回答を問い詰めようとすれば、
遮るように鼓膜を劈いた警報と少女の警声。
仕方無い。
こっちは後回しだ。
の思わせぶりな発言など毎度のことである。
優先順位を目の前の修羅場に更新して、
コートを翻し振り向いたJr.に、レアリエンの少女は更なる急事を明らかにした。
「活動阻止装置【アトラクト・インヒビター】出力300%。
ゾハルエミュレーターの波動を抑えきれません」
「なんてこった…───動き出しやがった」
「あらあら、中央電脳
ママまで風邪をこじらせてまさに大ピンチって感じ?」
「悠長に言ってくれんなぁ、おい…!!」
こうも全方位から攻められては、ゲートジャンプで卷ける可能性はもはや無いと言っていい。
仮に運良く宙域を脱してハイパースペースへのジャンプに成功したとしても、
グノーシスによる外部拘引で引きずり出されてしまうのが関の山だろう。
元よりエルザを見捨てるわけにはいかない。
しかしエルザを救出するどころか退路を確保してやる余裕すら今のデュランダルには無い。
そう、既に選択肢は尽く消え去っていた。
「どうする…!?」
どうする。
どうすれば。
どうしたらいい。
「どうする必要も無いわよ」
こだまする警報を鎮めるかのように、やはり静かにの声がブリッジに響き渡った。
「あの子がどうにでもしてくれるから」
「あのコって…あのアンドロイドがか?」
「そう」
「…一体何者なんだ、アイツは?」
「可愛いコでしょ?」
「はぁ?」
「"アレ"で中身もなかなか可愛かったりするのよ」
「アレでって…───」
状況にそぐわない口調のやりとりにJr.が眉根を寄せたまさにその瞬間。
「───…そんな、馬鹿な」
蒼く染め上げられた世界。
視界を奪う蒼光の束。
「有り得ねぇ…」
蒼く、透いた光に貫かれ、
まるで泥人形が崩れ落ちるかのよう砕かれていくグノーシスの群れ。
それはどうしてか蒼光に吸い上げられるように消滅すると、
エルザの、否、エルザの後尾に居立するアンドロイドへと収束していった。
僅か数秒で世界は元の色を取り戻し、また元以上の沈黙が降り注ぐ。
「あら、有り得ないことこと在り得ないでしょうに」
耳が痛む程に静まり返ったブリッジに、そんな二人の会話が浮かび交った。
「さぁ、撤収撤収」
「あ、ああ。そうだな。
エルザを回収してファウンデーションに帰投する。シェリィ、通信を」
「了解」
Jr.の指示により、ブリッジは順々に放心状態から脱していく。
まるで先程までの修羅場が嘘のように平静を取り戻した宇宙。
それに遠い視線を注ぐ。
その横顔はどうしてか"冷めた"代物で。
がそうしたまるで"彼岸"を眺めるような顔をする時は、
決まって自分の想像など及ばぬ所で思案しているのだと、
知ってるからこそJr.は溜め息を一つ、肩を竦めてを"此方"へ引き戻した。
「そんで。またお得意の"企業秘密"か?」
「ごめん」
「ばーか。お前のソレは今に始まったことじゃねぇだろ。
急に改まって謝ったりすんなよ。───調子、狂うだろ」
「そうね……ありがとう、Jr.」
「ん。それでよし」
Jr.の満足げな笑みにつられ、が小さく笑う。
やはり普段とは少々違う笑い方ではあったが、確実に普段のは戻って来ていた。
いつもと同じ。
毎度のやりとり。
引き戻すのが自分の役割だと自負しているからこそ、Jr.はに背を向ける。
しかし。
「ねぇ…Jr.」
「ん?」
ぽつり、と。
呟くように呼ばれた自分の名。
「───痛みが何かを変えてくれると思う?」
ひっそりとほどけ落ちるような、ゆるやかなの声。
「…?」
「全ての痛みに還る場所があればいいのにね…」
何かを押し込めるように両瞼を閉じては静かにブリッジを後にした。
僕を見逃す
番人になって。
君さえ見逃してくるのならば、私は───
ゼノサ2のサントラに入ってるボーナストラック【bitter】は、
私的ヒロインのテーマだったりします。(また勝手に…)
image music:【bitter】_ 梶浦由紀.