「覗きも、忍の大事な職務の一つなわけ?」


おもむろに湯の中から問いかければ、
当の覗き魔、もとい覗き忍は毎度の如くにも逆さでひょっこりと顔を出した。


「いや、これは趣味」
「開き直ればいいってもんじゃないでしょうがこの助平忍者」


いけしゃあしゃあと覗きが趣味などとぬかす真田忍隊長にじとりと半眼をくべてやれば、
佐助はへらりと笑ってなんて返して寄越した。
暖簾に腕押しというか何というか。
いい意味で色々と吹っ切れたらしく佐助は最近良くこんな風に開き直ってみせる。
これはこれで良い傾向なのだろうとは思うのだが。
とりあえずのところは"嬉しい誤算"ということにしておいてある。
そんなこんなで、そうこうして佐助に毒気を抜かれてしまったり、
それを満更でも無いと思ってしまうのは、
やはりというか確実に、所謂世で言うところの惚れた弱みというやつなのだろうなんて、
生来どうにも出来が素直ではない思考が言い訳がましくそんな分析を提出した。


「しっかし動じないねぇ、姫さん」
「私に何を求めてるのよ」
「別に真っ赤になって柄にも無く取り乱して隠すとこ隠してくれとは言わないけどさぁ。
 何てーかさ、こうもっと頓着を持って欲しいっていうか…」
「思いっきり言ってるじゃないの。
 っていうか、佐助は私の母親か何か?」
「気分には近いものがあるかもねー」
「それは心外」
「へっ、何で?」
「『もう身体の中まで知ってるんだから、外側なんて今更でしょ』って、
 そんな男冥利に尽きるだろう台詞を用意してたのに、母親とこられたらねぇ」
「ホントどうして姫さんはそうも男前なんだかね…」


湯の中でぐっと伸びをしながらあしらえば、がっくりと肩を落として佐助は溜め息を吐く。
ここまでの反応は概ね読み通り。
そして展開も思惑通り。
そう、お楽しみはこれから。
浅く深呼吸を一つ、
脱力から油断しきってる佐助へと布石の第一投を仕掛けるべく口を開いた。

さあ、その素敵な間抜け面を見せてちょうだい。





「───何なら佐助も入る?」





忍びにあるまじくも足を滑らせた佐助は見事に垂直落下ししこたまに頭を岩へ打ち付けた。





「うわ、昔のコントみたい」
「………そうやってさらりと爆弾発言投下するクセ、ホントどうにかなんないもんかね…」
「だって忍なんてやってると、こんな風に風呂でくつろいだりできないでしょ?」
「へ?」


間抜け面、第二段。
涙目で頭のてっぺんを擦るままにも真ん丸く見張られた両の眼。
そんな忍にあるまじき過ぎる一連の反応が自分にのみ向けられるものであると思うと、
心地良過ぎてたまらない。
そう、私も私で佐助につられて色々と吹っ切れてしまったらしく、
最近はこんな風に内心でのみだけれど開き直ってはそれなりに楽しんでいるのだ。


「入れて最後? ともすれば芋洗いみたいな湯よね。
 さもあれば鴉の行水って感じじゃない?」
「まぁ仕事だしねぇ」
「だから、今入れば?って言ったの」
「誘ってんの?」
「馬鹿。気遣ってるんでしょうが」
「……え、普通に下心抜きで?」
「最初からそう言ってるじゃない」


努めて呆れた様を装えば、佐助は申し訳なさそうに口を噤む。
下心が全くないかといえば、否。
佐助の警戒通り、これもまた布石の一つではある。
けれど、それは最終的にはきちんと真心に繋がる下心であるから。


「私の護衛と銘打てば、ゆったりくつろいで入れるでしょ」


私が佐助だけに注ぐ愛情のひとかけらだから、どうか、許して?


「───…姫さん、愛してるっ」
「はいはい」


幸村も大概犬も忠犬ハチ公属性だと思うが、佐助も十分犬属性だと思った。










「そんじゃ、お邪魔しまーす」


そこまでは確かに青年だったくせに、足の先を湯に浸けるや否や、
実に老体じみた声を零して佐助はとぷりと頭のてっぺんまで沈んだ。


(あ、嬉しそう)


湯からざばりと頭を出し、「ふうっ」と両掌で顔を拭う。
そのままくたりと後頭部を預けてぐてーと手足を伸ばし湯に浮かした。
一体どれほどぶりの手放しの入浴なのだろう。
忍も武田軍真田忍隊の長ともなればこんな風に神経を緩ませるなどおそらく日に半刻も無い。
だからこそ私と居る時ぐらいは、なんて。
そんな殊勝なことを考えてしまった自身のこっ恥ずかしい思考に、
微妙に居たたまれなくなって、何をか誤魔化さんと、
風呂に入るに際して「ほら隠して」と佐助に投げ寄越され、
身体に巻き付けた浴布の端で何とはなく顔を拭った。


「いやぁ、よもや姫さんとこんな風にくつろいで風呂に浸かれる日が来るとはねー」
「そうね」
「極楽極楽〜、ってね」
「………」
「ん? 何、姫さん?」


白い湯煙と湯越しに垣間見える古傷だらけのその身体。
普段から露出が低い佐助の肌を物珍しげにしげしげと眺めれば、
ふと湯で温まった佐助の人さし指が目の前に現れて、そのまま唇に押し付けられた。
わざとらしく小さく首を傾げてみせる。
さもあれば、予想通りにも盛大な溜め息を吐かれた。


「年頃の娘さんが野郎の身体なんて凝視しないの」
「だって佐助ったら無駄の無い肉付き…というか良い筋肉してるから」
「だーかーらー…───って、何触ってんの!」
「滅多に無い機会じゃない?」
「そういう問題じゃないでしょーがっ」
「変な気を起こさないでね」
「変な気を起こしてるのは姫さんの方だろ!」
「腹筋もしっかりかたーい。羨ましい」
「姫さん、ま、マジで勘弁して…!」
「何だか生娘の帯をひっぺがすお代官様の気分ね。
 あ、外腹斜筋もいい感じ」


まるで子供が水遊びにも戯れ合うように。
湯の中でぺたぺたと佐助の肌に触れてはその下の筋肉を確かめるように撫でる。
腰を引いて逃げる佐助。
身を乗り出して追う私。
どうしよう。
面白い。
湯のせいだけでなしに赤くなって本気で困ってるこの忍は一体どこまでいってしまうのか。
なんて考えるだけで楽し過ぎる。
そうこうして指先が太腿筋肉をなぞり出すとさすがに許容限度を超えたのか、
「もう出る!」と癇癪を起こして佐助は湯船底に片膝をついた。
「勃ちそうだから?」。
おどける。
するとやはりというか何というか、
「女の子が勃ちそうとか言わない!」とのお小言を頂戴した。


「くくっ、あはは…っ!
 あー、可っ笑し…久々にこんな笑かして貰ったわ」
「頼むから俺で遊ぶのはマジで勘弁してよ…。
 真田の旦那とかもっとおちょくり甲斐のある人間なら周りにいくらでもいるっしょ」
「あら、いいの?
 他の男を風呂に連れ込んで遊んでも」
「ダメに決まってんでしょーが」


溜めた息を吐き出し、湯から腰を上げた相手に「もうお触りはしないわよ」と告げる。
「判ってるよ」、言って佐助は穏やかに口の端を上げた。
そして言う。
「気ィ遣ってくれてありがとな、姫さん」。
私は佐助のこの手の表情にてんで弱い。
本人は無意識のようだけれど、目許を緩ませて笑うのは、
佐助が感情に任せて笑ってる何よりの証拠。
そう、そんな風に無意識になんて愛情を表現されてしまうから、
さしもの私も柄にも無く素で照れてなどしまうのだ。


「さって、と。
 そんじゃ仕事に戻りますかね」
「覗き魔続行?」
「まぁ覗く仕事ではあるけどねえ。
 ちょっと陸奥の方に、ね」


どうやら任務へと出掛ける前に顔を出してくれたらしい。

立ち込める湯気と夜闇のおかげで残念ながら佐助の着替え姿は拝めなかったが、
任務出発前にしては随分と機嫌は良さそうな気配は窺えた。
これが私のせいであるのなら嬉しいことはない。
なんて。
それが過信ではないと言い切れるのだからまったく幸せこの上ない。





「行ってらっしゃい」
「ん、行ってきます」





「お土産楽しみにしてるから気を付けて」と付け加えれば、
佐助は「御意」と答えて後ろ手にも手を振り音も無く闇へと溶けた。


ああ開き直ったさ 
何が悪い。



たまにはバカップルをと思って書いた夢。
バカップル夢はオチがつけにくくて困ります。…指輪夢なんか特に(笑)