砕けない、柔らかなその言葉。
崩れない、穏やかなその笑み。
優しいその予定の調和を断ち切りたくて俺は、また今日もこうして彼女とお茶をする。





「ねぇ、ちゃんって本当はいくつなの?」


問えば、彼女は一瞬きょとりと停止する。(これはきっと演技)
しかしすぐ次の瞬間にはくすりと雰囲気で笑って、
普段のそれよりも僅かにあどけない笑みを目元へと浮かべてみせた。(これは明らかに演技)


『いくつに見えます?』


形の良い唇が、丁寧に、なめらかに用意されたその台詞をなぞる。
思わず食らい付きたくなるのをぐっと堪え、常と変わりない穏やかなそれを追う。
彼女が普段から巧みに操る、この予定調和とでもいうべき会話。
この後の展開なんて考えるまでもない。
自分が「18」と答え、彼女は『ならば18ということにいたしましょう』と笑う。
そして自分が「えー」と年甲斐にも無く口を尖らせれば、
まるで今までのやりとりなど有って無かったかのように『美味しい』と、
ベイクドチーズケーキをぱくりと口に運んで彼女はやはり微笑むんだ。


「18」
『なら18ということにいたしましょう』
「えー」
『美味しい』


ほうら、思った通り。

台詞、笑み、仕草。
その何一つとして自分の予見と違えることなく彼女は振る舞った。
しかしそう、これは決して俺が彼女の行動を見通し切ったのではなく、
彼女が俺の予見を見通し切りその上で、まま振る舞っているだけなのだ。
それもとかく巧妙に、絶妙に。
俺がそれを演技と勘付き且つ確信を持つには及ばない匙加減でもって。


「オレ、結構っていうか本気で本気なんだけどなー」


彼女の望む優しい予定調和。
それを断ち切るために俺はこうして今はただ彼女の予定を演じ調和を紡ぐ。


『カイル様の「本気」は普段から拝見しておりますわ』


顔(白い肌、黒い髪、艶やかな赤い唇)と、
体型(形の良い胸、細い腰、しなやかな脚線美)だけで言えば、
16歳以上20歳未満といったところだろう。
まず間違い無い。
けれどある種の貫禄とも言えるその"底の知れなさ"、
もしくは"知らせなさ"はとてもじゃないが20やそこらの年月で会得できるものじゃない。


「しれっと痛いトコ突いてくるなぁ」
『あら、痛みまして?
 これは失礼を致しました』
「うーん、その棘にまたちゃんの愛を感じるわけなんだけど」


ってことで、あーん。
テーブルに頬杖をついたまま口をぱっくりと開け放つ。
まるで餌を待つ池の鯉。(あ、自分で言ってもの凄く悲しくなった)
こんな阿呆面さえもやはり予定と調和の内であるらしい。
彼女はにっこりと常と代わり映えのない穏やかさで笑って、
自らの口へと運びかけたそれをそっとこの口の中へと放り込んだ。


「まぁいくつだっていいんだけどね」


砕けない、柔らかなその言葉。
 (砕きたい、打ち砕いて食らい付いてやりたいあの唇に)
崩れない、穏やかなその笑み。
 (崩したい、突き崩してその唇を呼吸ごと心もろとも奪ってやりたい)





「たとえちゃんが実年齢・数百歳のおばあちゃんでも、
 オレにとってはもうとにかく食べちゃいたくて仕方ない、
 可愛い可愛いたったひとりの女の子であることに変わりはないし?」





彼女を絡め取る優しいその予定の調和をまたひとつ断ち切りたくて俺は、
きっとまた明日も明後日も明々後日もこうして彼女とお茶をする。






拒んでる 
つもりで、
誘って 
るんだよ。