お館様プライベートな修練場は、戦の無い日々が続くほど盛況になるのだった。


「…泣かす」
「誰を?」
「姫さんを」
「誰が?」
「俺が!」
「私を? 佐助が? へぇ」
「絶対ぇ泣かすかんな…ッ」
「やだこわーい」
「…ッ、覚悟!」
「何その仕事でも見せないようなマジ顔」


『縦横無尽』を体現する、忍も真田忍隊の長である佐助の攻撃を、
端からひらひらとかわしてのければ幸村が歓声をあげ、お館様はゆるりと感嘆を零した。


「おお! 凄いな!
 見事な動きでござる!」
「ふうむ…あの身のこなし、才有っても並大抵の修練で身に付くものではなかろうて」
「ふふ、積んだ戦歴が違いますから」


何の由縁があってか三国志も無双の世界に飛ばされたのはもう随分と昔のことになる。
それまでは極一般の女子高生だった。
特段の武道の心得があったり、兵法軍略の知識があるわけでもなかった。
それが一武将として数々の戦列に加わり三国鼎立の立役者の一人となってしまったのだから、
世の中判らない、もとい時の流れは偉大としか言い様が無かった。
殿が天下を治めてからは、許しを得て自由気ままに各地を旅をしていたのだが。
その矢先にこれだ。
今度は戦国BASARAの世界にトリップ。
しかもまた始まりは戦場ときた。
正直、二度目ともなると真っ先に浮かんだ感想は「ああ、またか」。
実に感慨浅い。
これが誰かしらの差し金なのか自分の性質故の現象なのかは、
大いに悩むところではあるがそれ以上でも以下でもなかった。
元来適応力はずば抜けているらしく、また大抵の物事には動じないようできているようで、
「なってしまったものはしょうがない」と無駄に達観を決め込み、
無双世界で培った特段の武道の心得や兵法軍略の知識を活かして、
戦場で拾って下さったお館様の元でまた武将なんて仕事をこなしていた。


「…余所見とは余裕見せ付けてくれるねぇ、姫さんよ」
「ダメよ、佐助。
 忍がそんな熱くなっちゃあ」
「そいつぁ失礼。
 姫さんがあんまりなぐらい魅力的なもんだからつい力が入っちまって」
「私に夢中になってくれるのは嬉しいけれど…そんなんじゃ私は捕まえられないわよ?」
「やってみなけりゃ判んないって、ね!」
「甘い」


武田陣営は、とても心地良い。
この軍は幸村がいい例に、皆がお館様を中心に固い信頼関係で結ばれている。
これは言葉で表現するほど簡単なことではない。
主従関係には色々と種類があるけれど、
これほどの家族親族的な一体感で動く軍はなかなかお目にかかるものではない。


「幸村」
「何でござりましょうお館様」
「ふんッ!!」
「うごふ…ッ!!」
「さぁ、来い幸村!」
「お、お館様ぁあぁぁあぁ!!」
「幸村ァ!!」


その温かさに、今はもう"向こう"となった大切な仲間達が思い出され時折胸が切なく鳴く。


「…何だかねぇ」
「…白けるんだよなぁ」
「休む?」
「休むとしますか」


反面教師とでも言おうか。
先程までの勢いも何処へやら、
げんなりと武器を収めた佐助に倣って肩の力を抜き、濡れ縁へと向かう。
ホルダーごと無造作に放られている二丁の拳銃の横に腰を下ろす。
見遣れば、私の脚横にどこぞの不良よろしくしゃがみ込んだ佐助。
毎度、隣に座ればいいのにと思うのだが、
どうやら佐助なりの主従の一線があるらしく、私も特に何も言わなかった。


「姫さん」
「何?」
「姫さんって何で銃なの?」
「『何で』ってまた面白い聞き方するのね」
「だってこうして手合わせとかしてるといっつも思うんだけど、
 姫さん、接近戦のが得意っつーかぶっちゃけ刀の方が本来の得物でしょ?」
「得物に嘘も本当も無いけどね」


こちらに来て、得物を日本刀から敢えて銃に変えた。

正直、飛び道具は系統を問わず苦手だった。
理由は一つ。
加減が出来ないからだ。
一度、自分の手を離れていってしまった刃はもはや戻ってこない。
修正が利かない。
奪うか、奪わないか。
その2択しかない。
加減ができない。
だから苦手だった。
それは本当。


「苦手克服、ってところかしら?」


けれど。
それでも、銃を得物に変えることを選んだのは。


「………」
「どったの姫さん?」
「…何でもない」
「?」


嘘"は"吐かない。
代わりに、決定的な事柄は省いて口を開く。
我ながら嫌な癖だとは思うが、これが自分の性分なのだから仕方無い。
少なくとも今この場で改めるには絶対的に時間が足りなかった。
そう潔く諦めることにした。


「佐助、次は拙者と手合わせるでござる!」
「ほら、幸村が呼んでるわよ?」
「げぇ」
「仮にも上司に『げぇ』は無いでしょうよ」
「だって、ねぇ?」
「まぁ気持ちは判らないでもないけどね。
 私も久々にお館様と二人ゆっくり話したいこともあるし。頼んだわよ」
「そこは『頼んだわよ』じゃなくって、『頑張って』ってとか言って欲しいとこなんだけど」
「ふふ、じゃあ『頑張って』。
 せいぜい格好良いとこ見せてよ?」
「ういっす。御意、っと」


重い腰を上げた佐助がのそのそと忍にあるまじき歩調で、
早く来いと両手を振って急かす幸村の元へと歩き出す。
午後の陽射しを浴びて柔らかに輝く乾いた緋色の髪。
ゆらりと揺らぐ迷彩。
「そんじゃ、行って来ます」。
やる気無く青い空に発せられた飄々としたその声が心地良く鼓膜に滲み渡った。


「…かすがに『恨みは無い』んだけどね」


そう、たった一つ。
けれどたった一つであればこそと、そう思える想いをこの忍に抱いてしまったから。





「───佐助を他の女になんてくれてやらない」





それを私から奪おうする全てを奪い去るために、この両掌には銃を。


やはり 
時の流れは偉大だ。



BASARA夢のヒロインは三国無双のヒロインと同一です。
三国を統一してふらふら放浪してたら再びトリップ、みたいな。