私はこの世界についてあまりに多くの事を知り過ぎている。










私はこの世界についてあまりに多くの事を知り過ぎている。
この耳は聞くことの叶わぬはずものまで聞き知り、
この目は見ることの能わぬはずのものまで見知っている。

そんな私に、この世界は詛いをかけた。



───貴女は終わりを見届け、告げる者



この口喉は一切の鳴響を奪われた。
この身体は一切の時の流れを奪われた。

しかし一方で、呪詛は反作用的に私に力をも与えた。



───【真なる終わりの紋章】が貴女を選んだのです



額に宿されたのは【真なる終わりの紋章】。
【真なる始まりの紋章】と対を成す27の真の紋章であるそれは、
右手に【白き刃の紋章】、左手に【黒き盾の紋章】として刻まれた。



───宿命が星を決めるのではなく、人の意志が宿命を動かすのです



あらゆる事象を斬り断つ白い7本の剣。
あらゆる事象を拒み絶やす黒い壁の盾。
それらは絶対なる威力をもってして私を護り立て、
確固たる意志をもってしてこの世界から孤り立てる。
まるでお前はどこへいこうとも独りなのだと。
まさにお前はどこにいようとも独りなのだと。

どこまでも、どこまでも私は独りなのだと発き立てる。



───貴女のその気高い魂が、星を、宿命すらも…





ちゃーん!」





今や耳に馴染んでしまった、良く通る男の声に急激に意識を現実へと引き戻される。
声の主を探してゆるりと視線を巡らせれば、右斜め上方の螺旋階段にその人は居た。
宮殿の澄んだ光を浴びて柔らかに波打つ白金髪。
まるで晴天を写し取ったかのような碧眼。
軽やかな口調には少しばかり不似合いな穏やかな笑みを浮かべて彼は、
こちらへとひらひらと掌を振って寄越した。


「今そっち行くから待っててよ!」


再度へらりと笑うと、駆け足で階段を駆け降りてくるその人。
その様子に女王騎士の面影は良い意味でも悪い意味でも無い。
白金の髪が、駆ける振動につられてゆるやかになびく。
ああ、綺麗。
思うが口には出さない。
否、出せない。
なぜなら私には声が無い。
この喉はつい百年程前に音を発することをやめてしまった。
何故か。
それはこの身に宿された【真なる終わりの紋章】の呪詛。
あまりにこの世の多くを知り過ぎる私に世界は小さな詛いをかけた。
保険とばかりに、大いなる力とささやかな一人の女の祈りを添えて。

知り過ぎたあまりに多くの出来事がこの世界に流出するのを防ぐために。
知り過ぎたあまりに多くの出来事がこの世界を流失させるのを防ぐために。

そして、多くの物語に終止符を打つという役目を否応無く全うさせるために。


「やっほ。ちゃん、今暇?」
『いいえ』
「え〜」
『これからフェリド様の所へと、
 上司の職務態度についての定期報告をお持ちするところですが何か?』
「げ。もしかしなくともその上司ってもしかして…」


端正な口元を器用に引きつらせるその人へ、もとい上司へと、
『貴方様の他に誰が?』と肯定の意を込めにっこりと笑んでみせた。

声の無い私の会話方法は思いの外様々である。
表情による会話。
身ぶりによる会話。
筆談による会話。
そして今こうして目の前の緩い上司としているような、
相手に唇の動きを読ませる会話。
最後者は相手に相応の技量と熟練が必要とされるため、
一部の人間としか交わせぬ方法であったのだけれど、
この男はそれをたったの1週間と半週で可能としてしまったのを思い出す。
思い出してゆるみかけた頬の筋肉を寸出で堪えて何とか取り繕った。


「えーと…そうだ、あのさ!
 この間、街の女の子達からものすっごく紅茶の美味しい店ができたって聞いてさ」
『それは朗報ですわね』
「でしょ! だからこれはもうちゃんと行くしかないかなーなんて思ってさ」
『それは光栄。喜んでご一緒させて頂きます。
 無論、報告が済んだ上でのお話ですけれど』
「だよねー…」


しょんぼりと肩を落とす上司に『それでは』と淡白に別れを告げて、
女王騎士詰め所を、その奥にある女王騎士長執務室を目指す。
否、目指そうとして阻まれた。
左の手首に感じた拘束。
見下ろしたそこには古い傷の目立つ骨張ったその人の手。
敢えて不思議そうな顔を作り浮かべ、言外にも『何です?』と首を傾げてみせる。
するとやはり返ってきたのはへらりとした、
けれどどこか悪戯を思い付いた幼い子供のような不良騎士の笑みだった。


「オレも一緒に行っていい? いいよね?
 大体、オレに関しての報告なんだもん。
 オレが一緒に行った方がいいに決まってる」
『その場で小言を頂戴するか、後に小言を頂戴するか。
 選択権は小言を頂戴する本人にあっても良いとは思いますけれど』
「既に小言大決定なんだ、オレ…」
『ええ確定事項ですわね』
「キッパリ言うなー…」
『カイル様に限っての歯に衣着せぬ物言いが私のウリなもので』


盛大に溜めた息を吐き出しながらも、その手はしっかりとこの腕を引き、
その足は着々と女王騎士長執務室を目指しているのだから、
彼のその根の実直さと誠実さには好感を覚えざるを得ない。
なんて。
そんなものは所詮、認めたくないこの感情に蓋をするための詭弁でしかないのだろう。


「まぁその歯に衣着せぬ物言いにちゃんの愛を感じるわけだけどー」
『あら…、私の知らぬ間に『愛』という単語の意味は変わってしまったのでしょうか』
「でも俺って愛されるより愛したい派なんだよねー」
『とりあえずカイル様は一度"愛"という単語を辞書でひいてみるとよろしいかと』



───貴女は終わりを見届け、告げる者



私は異邦人。
この世界において絶対の孤独者。
誰とも共有することのできぬ根底を持つ以上、
この世界の全ての存在に対するあらゆる感情には全て"一線"が伴って。



───【真なる終わりの紋章】が貴女を選んだのです



孤高から世界を見下ろし、時期に及んでは、
善悪の介在も無くただただ終演の幕を降ろし、
終止符を刻む役目を拒否権無く負わされたとはいえ担う私が、
この世界、その流れの、それら人々に触れ心を砕くなどとは、
おそらく何からも裏切りと呼ばれる行為でしかないのだろう。


それならそれで、いい。





「ちなみにちゃんは愛すより愛されたい派でしょ?」





その時は、ただそれらの全てを受け止め、受け入れるだけ。





『いいえ、私は愛したいし愛されたい派です』





なぜなら、それらは全て私の意志。
私がそう思うから、する。
そうしたいから、する。
今も、この先も、全て、全部、何もかも。
ここが別の世界であるとかそこが何処であるかなど関係無い。
それが私ならば何処であっても同じこと。
私が私として存在する限り、私は私のやり方で、私のやりたいようにする。

この世界を決定付けている『筋書き』という名の『宿命』という制約が、
一切通用しないというのならば、私のしたいことなどわざわざ決まめるまでもない。



───宿命が星を決めるのではなく、人の意志が宿命を動かすのです



「あ、いいなソレ。
 じゃあオレも今日から愛したいし愛されたい派になろー!」





君を想うこの幸せを、私は。





───貴女のその気高い魂が、星を、宿命すらも跪かせるのです


君在りて、
至福。