恒常的日常


、入ります。
 京楽隊長、伊勢副隊長、おはようござ…」


八番隊第三席、それが現在の自分の立場。
ともすれば出勤早々、隊長と副隊長の夫婦漫才を拝むのが毎朝の日課だったりする。


「───信賞必罰ッ!!」
「ッ痛い! 七緒ちゃん、愛が痛い!!」
「………。」


そんなワケで。
今日も今日とて例にも漏れず、朝っぱらから取り込んでいるらしい我らが隊長と副隊長。
閉じた扇子でのフルスイングを思いっきり横面に喰らった京楽隊長は、
俺の入室なんぞ気付いた様子もなく、というよりも気付かぬフリを決め込んで、
「そんなつれない七緒ちゃんも大好き♥」と全力で求愛続行。
ツッコミを入れようとすればそれより先に、
伊勢副隊長の扇子が細い指先から鋭い速さで放たれて、隊長の眉間に炸裂。
京楽隊長、撃沈。
流血沙汰も一歩手前な夫婦漫才。
愛を語るのも命懸けか。


「あー…、出直して来ますか?」
「さっすが君、気が利くねぇ──おぅッ!?」
「そんなくだらない気遣いは無用です」


いや、伊勢副隊長。
仮にも隊長を足下(あしげ)にするのは正直どうかと思うんスけど。
まぁ踏まれて痛がるどころか恍惚としてる、というかめっさ喜んでる隊長の顔に、
同じ男としての同情心もすっきりと失せるというものだが。

うわ隊長、果敢にも副隊長の足に頬擦りしてるし。


「〜〜〜天誅ッ!」
「ぐはッ!!」
「うっわー…」


膝を直角に折った状態にも踵で隊長の後頭部を、
床ごと踏み抜かん勢いで踏み落とした副隊長。
思わず片手で顔半分を覆ってしまった俺を、きっと誰も責められないだろう。
それぐらいに見事な踵落としならぬ足の裏落としだった。


「容赦無いっスね、副隊長…───って、いやいやいや!
 さすがにそんな何度も踏み付けたら、
 いくらゴキブリ並みにしぶとい隊長だって死にますって!」
「これぐらいで死ぬようなら苦労はしません!」


…さいですか。

懲りもせず毎日どころか毎時間のペースで、
副隊長にセクハラまがいのアタックをかます我らが隊長に、
その生真面目さからか、受けるセクハラを片っ端から根気良くさばく(天誅を下す)副隊長。
これも一つの愛情の形なんだろうが。
俺としては、五番隊の隊長さんとその彼女さんみたいに、
極普通に仲睦まじくできないものかとか思うのだがそこのところはどうなんだろうか。
彼女居ない歴ウン十年の俺には何とも言えなかった。


「隊長、あんまり調子乗ってると、
 いい加減、いつかうっかりと死にますよ。マジで」
「それは困るなぁ。
 ああでも、七緒ちゃんの愛で死ねるなら本望かね」
「なら死んでみますか…?」
「いやん、ウソウソ! ほんのお茶目な冗談だってば!
 それにほら、死んじゃったら七緒ちゃんとあれやこれやと気持ちイイことができないし…
 ───…って、七緒ちゃん目がマジっぽいぞー!?」
「失礼ですね。私はいつだって本気です」
「ぎゃー!! 瀞霊廷内の斬魄刀帯刀・抜刀禁止ー!」


またもや俺は見事に蚊帳の外。
頼むから、この書類に承認印だけでもくれ。
内心でごちて、溜め息を吐いた。


「はぁ…書類、ここに置いときますんで。
 俺これから虚退治なんで、不備あったら机に突き返しといて下さい」


『夫婦喧嘩は犬も食わない』というが、
『夫婦喧嘩は部下とて食わず』がここ最近のウチの隊規のトップにあったりする。
それぐらい隊長の副隊長に対するアタックはここのところ激しい。
木の芽時だからなぁ。(隊長を発情期の猫や痴漢なんかの変態やらと同等扱いか、俺)


「ご苦労様でした。
 毎度手間をかけさせてごめんなさいね」
「いやいや、伊勢副隊長の方こそ毎日ご苦労様です」


けれど、そう。
何だかんだ言って、伊勢副隊長があんな風にらしくもなく大声上げて怒鳴りつけるのも、
容赦なく足下にするのも京楽隊長だけなんだ。
それを判っていて隊長も、こうして性懲りも無く副隊長を構い倒しているんだし。

結局は愛し愛されてんだよなぁなんて、他人事ながら口元が緩む。
俺にとって、他人の幸せってものは結構気持ちのいいものだったりするから。


「ああ、七緒ちゃん! 駄目! ソコは駄目だってばッ!!」
「……ソコってドコっスか、隊長…」





後ろ手に閉めた扉越しに聞こえた京楽隊長の声は、今度ばかりは本気で悲鳴じみていた。



ついにやっちまった男主人公。
八番隊第三席なんて趣味丸出しですな(笑)
しかしホント好きだ、春七。