画期的非常


「うっわー…、俺ってすこぶるアンラッキー?」


今日は加給金0の低級虚を数体滅却して、
何人かの浮遊霊を世間話なんかを交えつつ魂葬してやって、
極真面目な勤務態度でもって、恙無く日々の職務を遂行していただけだってのに。

何が悲しくて、巨大虚になんざ出くわさにゃならんのか。


「救援要請送んないわけには…いかないよなぁ」


伝令神機を確認するときっちりと指令が来ていたりする。
ただし着信時刻は、虚が現れたきっかり10秒後だったが。(その10秒が命取りだコノヤロウ)


「うわ、伝令神機の充電まで切れかかってるし。
 度重なる不幸にも限度ってもんがあるだろうよ、俺」


眼前の巨大虚のいやらしい笑顔とかち合って思わず溜め息が出る。

どうにも相手は無駄に霊圧を消せるらしく、
しかも俺も俺で鼻歌なんて歌ってたもんだから、
こうして一撃見舞われるまで全く接近に気付かなかった。
何とか脊髄反射で避けきったが、
咄嗟のことでうっかり抑えていた霊圧を少々緩ませてしまい、
奴らの何かと旺盛な食欲に拍車を掛けてしまう始末。
ああ、チクショウ。
弱いフリして一旦退却する腹づもりだったのに。
俺の霊圧に下品に涎を滴らせた虚は、大声上げて仲間まで呼びやがって。
呼ばれて飛び出てジャジャンジャーンと連れ合いらしい巨大虚も含めて、
計、巨大虚2体に雑魚がわらわらと5匹前後。
こんな大物を本庁が探知していないわけがない。
これならわざわざ救援要請を送らなくとも助っ人が来そうなものだが、
送らなきゃ送らないでまた、かなり怪しまれるだろう。
しかし幸か不幸か伝令神機の充電は切れる寸前。
これなら黙って始末してしまっても問題ないか?


「はぁ…、俺が何したってよ?」


それにしても。
何も俺の担当区域に来なくてもいいだろうに。
それこそ恋次とか修兵とか、血の気の多い奴らのトコに行けばいいじゃないか。
アイツらなら喜んで迎え討ってくれるぞ。
内心ごちて顔を上げれば、何とも気の滅入る巨悪な仮面とがっちり視線が合う。


『ひひっ、美味そうな魂してんなぁ死神…!』
「ハイハイ。そりゃあこれだけの男前だからな」


ああ、面倒臭い。
何だって俺ばっかこんな損な役回り。
今月に入ってもう三度目だぞ、こんなの。
折角今まで数十年と上手く誤摩化してきたってのに、
このままだとその苦労も水の泡となりかねない。
まぁ確かに、「今日は久々に古い面子との飲みだー」なんて、
少々浮かれてた俺も悪いんだけど。


「さて、どうすっかな…」


これで巨大虚なんてあっさり片付けた日には、上層部から目ェつけられるんだろうなぁ。
目ェ付けられて強制昇進なんて嫌だなぁ。
強制昇進なんて喰らったらまた仕事増えるんだろうしなぁ。
隊長も理解のある人だし、今の十三番隊第七席ぐらいが調度良いんだけどなぁ。
別段格別に楽をしたいとは思わないが、楽できるに越したことはないし。
それに目立つのは苦手だ。
極普通に、一般的に、平々凡々と生きたいんだよ、俺は。
参ったな。
本当、どうしたもんか。

何か良い言い訳はないものかと腕組みしつつ、虚の攻撃をヒラヒラとかわしながら、
つらつらと思考を遊ばせるが良案といったものはまったく思い付かず。


「救援が着くまで逃げ回ってるってのも手なんだろうけど、
 やっぱ『いやぁ、運良く勝っちゃいましたー』ってのが一番無難な偽装工作か…」


虚同士が仲間割れし始めて相打ちってのも結構アリかとも思うが、
その手はこの間使ったような覚えがある。


「まったく…こんなにも日々慎ましく生きてるっていうのに、
 どうしてこうも騒がしい事態に巻き込まれるんだか…」


これが最後と、盛大な溜め息を一つ。

諦める。
腹を括る。
抑え込んでいた霊圧を解放した。
急激に重圧を増した場の空気に虚の動きが止まる。


「悪い。気が向いてるようだったら手貸してくれるか?」


相棒である斬魄刀の名を呼ぶ。
"彼女"が応える。


「世は常なしと知るものを…」


親指の爪で、斬魄刀の鍔を跳ね上げる。


「───哭け、空蝉」





ああ、かったるい。










「おやおや、実はもの凄く強いんじゃあないか、君」
「………はぁ」


振り返ったそこに居たのは八番隊の京楽隊長と伊勢副隊長だった。
さすがは隊長・副隊長格。
俺みたいな下っ端じゃ当然かもしれないが、全く気配を察知できなかった。
それにしても、救援は意外と早い到着だったようだ。
つか、たかだか巨大虚2匹+αに隊長と副隊長が出動とは少しばかり大袈裟過ぎやしないか?
もしかしたら俺、実は結構前から目付けられてたんだろうか。
上手くやってたつもりなんだけどなぁ。
様子見に、もう少々足掻いてみようと考える。


「あー…、いや、まぁ、火事場のクソ力っていうか何ていうか…」
「底力のわりには随分余裕をもって独り言を呟いていたようですが」
「う"っ。(確かに激しく独り言だよなぁ、アレは)
 た、助けないで今の今までずっと見てたんスか」
「いやぁすまないねぇ、すぐに加勢しなくて」


全く悪びれた様子の無い表情で隊長は楽しげに言う。
隣の伊勢副隊長は相変わらずのポーカーフェイスで、
その一挙一動を探るような鋭い視線が俺から外れることはなかった。


「なぁどうだろう、君」


ひらりと、京楽隊長の掌が目の前へと差し出される。


「ウチに来ないかい?」


君のその予想を裏切って風流なところが気に入ったよ、と。
京楽隊長は男臭くにかりと笑った。



そんなこんなで八番隊第三席に就任、と。
これから彼は夫婦漫才のツッコミ役に抜擢されてちまうワケです(笑)