上空的下界


『───
「ん?」


部屋で斬魄刀の手入れをしていたの眼前へと、
突然降って湧いたのは雨垂れを思わせる気怠げな女の声だった。


「空蝉か。珍しいな、呼ばずに姿見せてくれるなんて」
『妾とて空世の苦い色彩に身を浸したい時とて有ろうや』
「そりゃそうだ」


部屋の青畳の上には、場違いな程に妖艶な出で立ちの女。

腰まで届く、陽に透けて薄紫に輝く銀の髪。
後れ毛を残して高く結い上げられたそこから覗くうなじは透き通るような白。
肩口を完全に露出させ、豊満な胸に引っ掛けるようにして着崩された、
気品ある、濃淡の映える今様色の着物。
絢爛な臙脂色の帯。
ただし帯上同様、褄下は大きくはだけ、その大腿は惜し気も無く露になっている。
そうしてたおやかに、しかし気怠げな所作でもって裾を翻し、
女がへと一歩一歩と歩みを進めるその都度、
水灰銀の髪を飾る、繊細な細工の施された銀の簪がしゃらしゃらと涼やかな音立てた。


「…悪い、居心地悪かったか?」
『何、ぬしの中は相も変わらず心地良きことよ』


女の細い片眉がつっと跳ね上がる。
静かな琥珀色の瞳が、眼下の苦い笑みを映し出した。

切れ長の目。
それは妖艶でありまた冷ややかでありながらしかし聡明さも備えていて。
億劫げで艶やかな諸々の所作にもどこか冴えた印象を与えた。


『ぬしの心は常と変わらぬ一面の晴天と凪いだ海よ』
「ただし"耳が痛む程に静か"だが、か?」
『左様』


壁に寄りかかり下拭いをしていた手を止めたの、
その漆黒の髪先へと伸ばされた女のしなやかな指先、長い爪。
ともすれば腕の付け根辺りを飾り紐でもって引き絞られた袖口からは、
細い手首にはめられた豪奢な手甲が姿を覗かせる。
斬魄刀の鍔と同じ文様の施されたそれ。
それは彼女が斬魄刀であることを如実に語っていた。

しゃらん。
涼やかな金属音が部屋を満たす。


「…俺はさ、強くなりたいとは思ってる」


ぽつり、と。
まるで零すように紡がれた言葉。
手入れの手を止めは、斬魄刀の刃先を畳の上へと下ろした。


「あの人との"約束"があるからな」
『知っておる』


あの人、と。
口にしたの表情はいつになく穏やかで、そしてどこか幼げで。
その顔に空蝉は、表情を崩さずも一つ頷いて肯定の意を示した。


「だから八番隊に入隊すること自体に迷いは無いんだ。
 ただ、目立つのはなぁ…っていうか、
 どうせ目立つなら第三席とかちょっとこう中途半端じゃなくて、
 もっとババンと隊長とか副隊長とかの隊長格ぐらいには出世したいなぁと思ってさ。
 でないと"あの人"との約束、果たせないし」
『相も小賢しく臆病なことよ』
「はは。まったくだよな」


歯に衣着せぬ物言い。
対して、困ったように眉尻の下げたのそれは、
普段のそれとはまた違った、とても明け透けな笑い方だった。


「ごめんな。どうしようもない使い手で」
『何。ぬしの、妾に全てを晒け出すという覚悟を受けた時から、
 妾はぬしを唯一我が宿命と決めた。
 ぬしが荒野を往くというのならば妾はそれを切り開く剣となるのみ』
「…すっげー殺し文句」


チャキリ。
畳の上へと落としていた斬魄刀の刃先を持ち上げると、
まるで宣戦布告でもするかの如く空蝉へと突き付ける。
刃先の延長上に据えられた、空蝉の気怠げな不惑の表情。
それに一つ、は溜め息なんてものを吐いてみせて。


「ホント、お前も物好きな斬魄刀だよな」


言えば、妖艶で不敵な笑みを浮かべて空蝉は。





『我が使い手は、かくも手間の掛かる半身であるからな』





唯一にだけ見せるそれで、明け透けに笑った。





「…サンキュな、空蝉。
 まぁ、八番隊は京楽隊長も伊勢副隊長も理解のある人みたいだし。
 環境も十一番隊みたいな荒れ野ってわけじゃないだろうから大丈夫だろうけど」
『また飽いた日々を過ごすと思えば不本意ではあるがな』
「うーん、そればっかりは我慢して貰うしかなぁ」



オリジ色激濃ですが、一度は書いてみたかった斬魄刀夢。
つか、実はこういうのが書きたくて男主の斬魄刀の名前は変換無しにしたりしなかったり。