16.


「喜助さん、次は射的やりましょう!」
「ハイハイ。射的は逃げませんからもっとゆっくり歩きましょうネ」


喜助さんと夏祭りに行きたい。
言い出したのは私。
喜助さんと手を繋いで縁日を歩いて回りたい。
そう言ったのだって私。


「あ、帰りに際には綿飴買って帰りましょうね」
「お土産ですか?」
「イエス。ウルルとジン太とテッサイさんに!」
「アタシには?」
「いや、『アタシには?』って…」


そんなお願いの一つ一つを実に丁寧に、甘やかに、叶えてくれたのはやはり喜助さん。
喜助さんはいつもと同じ浦原商店スタイル。
作務衣なのか甚兵衛なのか、私には細かい判別の付けられないそれに、
下駄と金田一耕助を思い起こさせるチューリップ帽。
普段と何ら代わり映えの無い、実に時代錯誤な、けれど愛しくて仕方ないその出で立ち。
対して私は、浴衣姿。
『お祭りデートならやっぱりコレがなくっちゃいけませんよネ!』と、
何処からか喜助さんが用意してくれたアンティークな浴衣。
喜助さんがあまりにもウキウキと用意するものだから、
『裏に何が…』と少しばかり不安になったり、なんてそんないきさつもあったりするそれ。
結果的には何事も無く、全くもって平穏にもテッサイさんにきっちりと着せて貰った私は、
こうして喜助さんと手を繋いで縁日を練り歩いている。


「ウルルは林檎飴とか喜びそうですよね。
 あとジン太はヒーローのお面とか薄荷笛かな」
「だからアタシの分は?」
「まだ言うかな、この人は。
 …あ、テッサイさんはモダン焼きとか好きそう」
「話逸らしましたネ。
 というか良く知ってますね、テッサイの好みなんて」
「そりゃ、時折でも浦原商店のお台所を任せられる人間ですから」


まぁ出かけるまでに色々と紆余曲折、というか懐の探り合いを経たけれど。
私は今こうして、喜助さんと手を繋いで楽しく夜店を物色して歩いてる。
自分でも判るぐらい、それはもう見事にはしゃいでる。
こんなにはしゃいだのは何年ぶりだろう。
ふとそんなことを思った。
私の記憶が確かなら、まだ互いに両親が生きていた頃、
一護と二人で今日と同じ縁日を回った時以来だろうか。


「…あれ。出店はここまでみたいですね」
「そりゃココから先は境内っスからねぇ」


そんな回想に浸ってる内に、辿り着いてしまった神社の最奥。
一通り出店は見終わってしまったらしい。
楽しい時間はすぐに過ぎる、短く感じるものだというけれど、
やはり自分も例にも漏れなかったようで。
少しだけ、ほんの少しだけ寂しい気分に捕われた。

後は浦原商店の皆にお土産を買って帰るだけ。
やはり三人には林檎飴とヒーローのお面、モダン焼きにしよう。
思って踵を返さんと、繋いだ喜助さんの手を引こうとすれば、
それを阻むように先手で手を引かれてしまった。

それもどうしてか逆方向、境内方面に。


「さて、そんじゃま人目のつかない境内にでも行きましょうか」
「…なにゆえに?」
「そんな野暮な事は聞くもんじゃありませんよン」
「………。」


『野暮』。
語尾にハートマークが付きそうな勢いのそれに、
嫌な予感が脳裏を過って、背中に冷や汗が伝う。





「だーいじょうぶ! アタシったら浴衣の着付けも得意だったりするんですから!」





ああ、やはり。
何でこの人はこうも、良い意味でも悪い意味でも期待を裏切らないのだろうか。





「ちなみに拒否権は…」
「無いっスね」
「………さいですか」


そのタチの悪い、けれど明け透けの笑みに。
思ってもツッコまなかった私の浴衣は結局半裸も半ばまで乱されて。
事が済めばまた乱した張本人の喜助さんの手によってまた整えられてしまったりして。


「…腰が立たない」
「そんじゃお詫びにアタシがおぶって帰って差し上げますよン」
「当たり前です」
「怒ってます?」
「………怒っては、ないけど」
「そりゃ良かった」


惚れた弱みと、外見を裏切って老練した策士に内心でだけ両手に白旗を挙げて。





「さぁて、おウチに帰るまでがデートですからネ」





そして、また差し出されたその大きな手を掴んでしまうのだった。


形見草

いつかこの想いを、二人並んで懐かしむ時が来ればいい

季節外れな夏祭りネタ。
相変わらずエロイです喜助さん。このエロ店長め!(自分は棚の上か)

やまとことばで38のお題】 16. 月見草『懐かしいこと』