君一筋


「けっこう冷んな…」
「そうね。でも一護の手があったかいから大丈夫」
「………そういうもんか?」
「そういうものなの」


きっちりと指先を絡めて繋いだ互いの手。
じんわりと伝わる互いの体温。
しっかりと感じられる、そこにあるぬくもり。


「私は一護が居ればそれでいいの」
「……そうだな。俺もお前が居れば、いい」
「相思相愛?」
「当たり前だろ」


柔らかく微笑いながらそう零すに、
いまだ上手く感情を晒すことのできない俺はぎこちなく照れて。


「あったかーい」


それでも、こんな不器用な俺の手をはやんわりと握っていてくれる。


「きっと、一護の心があったかいからね」


ひたすらに優しく包んでいてくれる。


「は? それって逆なんじゃねぇの?」
「逆?」
「手の冷たい人間は心が温かくて、手が温かい人間は心が冷たい。俺はそう聞いたぜ?」


半分は本当で、半分は嘘。
今俺が言った話も、が考えているその逆の話も両方とも聞いたことはあって。
けれど、自分に当てはめて考えれば。
自分は間違っても優しい人間の類いではないと、そう認識してるから。

本当に優しかったら誰も傷つけたりしないはず。
本当に優しかったら誰も泣かせたりしないはず。

そう、誰も。


「それは違う」


それでもお前は。


「少なくとも私は違うと思う」


お前はお前のままに。


「心の温かい人はね、心の中にたくさんの温かさを持ってるから、
 たくさんのそれは心の中だけじゃ収まりきらなくなって外へと溢れ出してしまうの。
 でも、それでも、その人はやっぱり『心があったかい』から、溢れてしまう心の温かさを、
 どうにか他の誰かに分けようとして、その手から、その指先から温かさを溢れさせるの。
 だから一護の手はあったかいの」


何でもない様に受け止めてくれて。
何の抵抗も無く受け入れてくれる。


「そう、なのかも…な」





その度に、俺がどれ程泣き出しそうな思いをしているかお前は知ってるか?









その後しばらくは共に言葉少なに、けれども確実に幸せを噛み締めて。
晴れ渡った冬の空の下を二人で歩いた。


「ねえ」
「ん?」
「私、何度かこの道を歩いたことはあるんだけど」
「ああ」
「こうやって一護と歩くのはこれが初めて」


俺自身も一人で歩いたことがあるこの道。
けれど隣りにが居るだけでその視界に映る全ては鮮やかに色付いて。
何もかもが真新しくて。


「二人では初めてよね」
「そうだな」


といる世界は、酷く満たされていて。


「それが凄く嬉しいの」
「ああ」
「幸せ、なの」
「……ああ」
「だからね」





「これからもたくさん『二人での初めて』を見つけていこう?」





「───…そう、だな」


そんなこの上なく穏やかなの言葉に、一瞬邪な考えが過ってしまった俺だけど。


「あと」


繋いだ柔らかな手に優しく力が籠ったのを感じて、邪な思考は脳裏からさっと閉め出し、
殊更に無愛想に表情を繕って、の方へと視線を戻した。


「何だ?」
「…こうやって一護と手繋ぐのも初めてよね」


更に嬉しそうに顔を綻ばせる
手を繋ぐのは、別段『初めて』の事じゃない。
そう思うからこそ、眉間に更に皺を寄せてその顔を覗き込めば。


「キスするために手を繋いでくれたの初めてでしょ?」
「!」


なんて照れたように微笑いやがるから。
そんな表情に俺は。
俺はまともに次の言葉も紡げず。
自分でもはっきりと判る程に頬は火照って、心臓はうるさいくらい脈打って。
ただただ赤くなってその熱を増すばかりで。


「凄く、嬉しかった」


そして、気付く。

この火照りも、この騒音も、この熱も。
その全てが『初めて』で。
との『初めて』で。

と居て『初めて』感じられるようになったものなのだという事を。


「だからもっとどんどん手繋いで?」
「…お前がねだって見せればな」
「何それ。一方的な上に完全受身制じゃないのよ…まぁいいけど。
 なら、いくらでもねだって見せるから、言ったからには全部に応えてみせてよね」
「───了解」


こんなにも甘やかな感情。
心地良くて、けれど時折切なくてやはり愛しい、そんな複雑な感情。

が居て初めて成立する、シアワセな気持ち。


「あと…甘えさせて貰うばかりじゃ申し訳ないし。
 たまにでいいから一護もねだって見せて」
「…判ってる」
「私、一護に甘えられるの好きだから」
「判ってるっての。お前の好きな『相互的依存的関係』ってヤツだろ?」
「さすが一護。良く判ってらっしゃる」
「阿呆」


の家までの、残り少ない帰り道。


「…もっともっと、一緒にいようね」





もっともっと、ゆっくり歩いて帰ろうか。



『ずっと』とか『永遠』なんて現実味の無い言葉は嫌いなので。
『もっと』とか『これからも』といった、少しずつ充足させて増やしていく言葉を使う訳です。