きらきら
ひかる
「───!!」
息を乱して追い付いた頃には既に、の住むアパートの近くだった。
「………何?」
振り返り、不可解そうに眉根を寄せたの表情と声色は、
さっきと変わらないようでいて、やはりも少しだけ寂し気だった。
ような気がした。
「その、悪かった」
「だから何が」
「今日お前の誕生日だったろ…」
非は明らかに自分にある。
彼氏だから彼女だからというだけでなくて。
親友で、幼なじみで、言ってみれば家族のようですらあるの誕生日を、
迂闊にもすっかりと失念していたなんて、我が事ながら馬鹿さ加減にも程がある。
このところ死神業が忙しかったなんて言い訳にもならない。
まともに相手の目を見ることもできない自分の腑甲斐無さに、
また酷く腹が立って、同時に酷く切なくなった。
「別に謝ることないでしょ」
「けどよ」
ふるりと首を振って見せる。
「私、今日が自分の誕生日だって前もって一護に言っておいた?」
「いや」
「自分の誕生日を祝って欲しいって一度だって一護に頼んだことがあった?」
「……いや」
「一護がそういうのにとことんまで疎いのは良く知ってるし」
時折は、痛ましいぐらいに冷静そのものになることがある。
それはが生まれ育った環境のせいであることは誰よりもこの俺が知ってる。
人よりもずっと早く、一人で生きて行くことを余儀なくされた。
その分誰よりも"諦めること"が上手くなってしまった。
望むことに疲れて、諦めることに慣れて、
は常に何処かしら冷めた視点でもって物事を見るようになった。
どんなに嬉しくても、どんなに幸せでも、
は誰よりも早くその"終わり"を探し見い出しては、ただ静かに見つめている。
見つめ、見定め、そして受け入れる準備をしている。
「一護が謝る必要なんて何処にも無いでしょ」
傷付くことに慣れて、疲れて。
『自分にはそれだけの価値は無い』のだと。
は常に自分の心や期待に"諦め"という"保険"を掛けるようになった。
「………ッ、なら何でウチ来たんだよッ!!」
だからこそ俺は。
そんな"保険"なんてものは必要無いことをどうにか証明してやろうと思った。
「さっきルキアが言ってた通りよ」
「なら、何で帰り様にあんな事言ったんだよ!?」
「そのままの意味よ。別に嫌味でも皮肉でもない。
当然、一護のことを責めてるわけでもない。
柄にもなく期待なんてした自分が馬鹿だったって思ったからよ」
こんな風に、が"冷静過ぎる自分"を曝け出してみせるのは俺だけだから。
その全てをきちんと受け止め、受け入れ、昇華させて。
そんな寂しい保険なんて、俺の前では無意味であることを知らしめてやろうと決めた。
「いいかげんにしろよ、お前…!!」
「………」
誓ったんだ、の寝顔に。
「お前がウチに来たのは、俺に誕生日を祝って欲しかったからだろ!?」
「大した自信」
「茶化すんじゃねぇよ。
いいか、俺はお前の誕生日をちゃんと覚えとくべきだった」
「………」
「悪かったと、思ってる…」
「だからそれは」
「いいから黙って聞いとけ」
「………」
真正面からの視線をしっかりと絡め取る。
絡め取ればそれはふいに不安気に揺らめいて、所在無さげに逸らされた。
の手首を引っ掴む。
華奢な肩が僅かにびくりと跳ねた。
かまわず、その手を引っ張って自分の方へと引き寄せる。
よろけて歩んだ数歩分距離が詰まる。
俺の肩口に触れる、の口元。
が顔を挙げる。
目線で真正面からそれを捉える。
小さく息を呑んだがは、「目を逸らすな」という俺の意を汲んだらしく、
大人しく俺の目へとその視線を固定した。
「で、だ。俺はお前の誕生日を今からでもちゃんと祝いたいと思ってる」
「───…」
「だからちゃんと俺に祝わせろ」
言えば、目を見張ったは。
嬉しそうに、けれど懸命に涙を堪えた、苦笑にも似た笑みを浮かべた。
「───まったく…どういう論理の帰結なの、それ?」
「うるせぇな」
「でも…凄く、嬉しい」
「そうか」
「うん」
が、笑った。
けれどまだ泣くのを堪えるように笑っていたから。
泣け、と。
言って、その頭を撫でてやる。
するとはどちらも堪えるのを放棄らしく、嬉しそうに笑って、泣いた。
「うし、上出来」
「…何それ」
指先で目許を、なんてのは何処かキザで気恥ずかしく思えたから。
片掌の、親指の付け根辺りを使って、その頬を撫でながら涙を拭ってやる。
と、それを包みこむようにが俺の片掌へとその指先を重ねた。
笑った表情のまま静かに目を閉じる。
その形の良い唇に今すぐにでも触れてしまいた衝動に駆られたけれど、
間も無くふわりと瞼をあげ、「ありがとう、一護」と、
柔らかくなんて言葉を紡がれてしまって、ぐっと思いとどまる。
「馬鹿、まだ早ぇよ。
まずは…そうだな、改めて『誕生日おめでとう』」
「…うん」
勿体無い気もしたが、頬へと添えた片掌もやんわりと外して。
けれどその代わり、その手でそのままの片手をとって歩き出した。
向かう先は俺の家。
玄関を飛び出しざまに横目で見たのだ。
花梨と遊子がしっかりとサユリの誕生日パーティーの用意をしているのを。
「あのね、一護」
「ん?」
繋いだ手から伝わる柔らかい温度。
混ざり合う甘やかな微熱。
それらにくすぐったさを覚えつつ名前の呼ばれた方を見やれば、
が少しばかり人の悪い笑みを浮かべていた。
「今日はね、たくさんの人に誕生日を祝って貰ったの」
「お、おう」
「たつきや織姫。千鶴に鈴とみちるにも。
あと浅野君、小島君、茶渡君…石田君も祝ってくれたわね」
「………石田にまでか?」
「そう。それに一護宅では一心おじさまや花梨に柚子ちゃんにも祝って貰ったし」
「…あいつら何か言ってたか、ってか言ってねぇはずがねえよな…」
「花梨と遊子ちゃんは、一護が私の誕生日プレゼントを買いに行ったとでも思ってたみたい。
ただおじさまは私の様子から何となく気付たんだと思う。
『あのバカ息子は帰って来たらスープレックスのカーニバルだ!』って、
腕捲って意気込んでたから」
「げぇ」
これが普段なら返り討ちにするところだが、
俺は結局を泣かせたんだ、
反撃するわけにも、避けて通るわけにもいかない。
あのクソ親爺に…とかなり癪に障るが、大人しく投げ技の餌食になる肚を括った。
すると隣のがくすくすと笑う。
「でもね」
繋いだ手が、指先を絡めてつなぎ直される。
「毎年、こうして一対一で祝ってくれるのって一護だけ」
気付けば立ち止まっていたこの足。
「…そっか」
「そうなの。それに私は、一護からのお祝いが毎年一番嬉しい」
「そりゃ、祝い甲斐があるってもんだな」
「調子のいい…」
「わ、悪かったって!」
「あはは」
先に一歩踏み出したに引かれてまた歩き出す。
目的地である我が家までは後僅か。
「───来年もよろしく、ね?」
「おう。任せとけ」
もう展開もオチもベッタベタな感じで。
でも一護でなきゃ成立しないような話に。