「あ、これ美味しい」


彼女は週に何度かこうして駄菓子を買いに店へと顔を出す。


「でしょ? 何てったってソレ、ウチの売れ筋商品っスから」
「…売れ筋って…普通の客が来るんですか、ココ…?」


もはや常連と言うに憚らない見事な来店回数とペースに、今や浦原商店一同、
彼女がいつ来てもいいようにと、常におもてなしを用意しているまでに至っていた。
その『おもてなし』がどんなものかと言えば、それは『居間』と『お茶』で。
要するに買った商品をそのまますぐに食べられるという、
言ってみればイートインといった類いの、彼女限定なサービスだった。


「失礼っスねぇ」
「だって私以外の普通の客なんて見たことがないし…。
 というか私だって完全に"一般"の客とは言いがたいのに」


店内に所狭しと、けれど整然と並ぶ駄菓子と玩具。
そして一段高く作られている畳敷きの店主台。
何処か安堵する、古めかしく懐かしい雰囲気をまとったそれは、
『どうしてかくすぐったい気分になるから好き』なのだと。
以前彼女がそう言っていたことをふと思い出す。


「…何。また如何わしいことでも考えてるわけ?」
「いーえ」


自然と緩むこの口元を、抑えきれなくなったのはいつのことだったか。


「ふぅん…ねぇ、喜助さん」


彼女はこうしてわざと敬語とタメ口を織り交ぜた、
子供と大人の境界を実に絶妙な具合に、曖昧に濁した口調で接してくる。
そして呼び捨てで良いと言うのに、名前には敢えて『さん』と付け加えてから口にする。
理由を聞けば、『さん付けで呼びたくなるような時代の格好をしているから』だそうだ。


「何スか?」
「これとっても気に入ったんで、もう一袋買って帰ろうかなとか思うんですけど」
「それは毎度ありっス」


お世辞でも何でもなく、本当に気に入ったらしい。
けれど全てが計算づくの確信犯なのか、はたまた天然の産物なのか。
お伺いを立てる上目遣い。
ほんのりとあどけなさを残すその表情。

外見も内面も、実際の年齢よりも幾分大人びた彼女。
生きてきた環境のせいだろうか。
常より表に出すことは少ないが、外見と同様にその思考も何処か達観している節がある。
何処か諦めにも似た、冷めた感情を常に心の奥底に抱えている。

だからこそ、こうした無防備な表情が酷く貴重なものと感じられてしまうのだが。


「一護って何だかんだ言って好きなのよね、こういうの」
「………。」


一護、と。
彼女の形の良い唇が、他人の名前をなぞる。
自分からすれば死神のお得意様で、彼女からすれば幼なじみの親友である黒崎一護。
萱草色の髪を持つ彼の顔を思い浮かべたらしい彼女は楽しそうに笑った。
そう、彼女は殊更に彼のことに関しては"素"で反応を示す。

だから。


「───どうせなら、もう一袋といわず二袋買って行ったらどうです?」


面白くない、と。
何をか阻んでくれよう、と。
そう思ってしまったことは、我のみぞ知る。


「…もう一つ買うと更に宇宙玉が付いてくる、とか?」


そんな嫉妬まがいの独占欲に彼女が気付いたかどうかは、これまた神のみぞ知る。


「いえいえ。なーんにも付いちゃきませんよン。
 というかさり気なくちゃっかりしてますね、サン。
 まぁ要するに、朽木サンの分も買っていったらどうです? ってコトっスよ」
「ああ、なるほど」


本当に気付かなかったのか、はたまた気付いていて敢えて騙されてくれたのか。
「でもルキアってここに良く出入りしてるんだし、食べたことがあるんじゃないの?」と、
軽く首を傾げて確認を寄越す彼女。
それは朽木さんの分の二袋目を買っていかないという意味ではなく、
どうせなら彼女の食べたことのないものを選びたい、とつまりはそういう事で。

あの朽木さんの頑な心さえ溶かし崩してしまう彼女に、
幾分見当違いにも、また改めてこっそりと感服した。


「確かに朽木サンはウチの大事なお得意様ですけど。
 彼女は"普通"のお客さんじゃあないっスからねぇ」
「まぁそうなんだけど…駄菓子とかそういった類いは一切買って行かないの?」
「行きませんねぇ」
「へぇ…」


じゃあこれをあと二袋下さい、と。
差し出された百円玉二枚に十円玉を四枚をしっかりと受け取る。
本当はその指先ごと掴み寄せてしまいたかったけれど、そこはぐっと堪えて。


「そうそう、サン」


けれどやはり堪えた分はその都度きっちりと発散しとかなきゃ後で抑えが利かない、と。
塞き止めて、溜め込んで、溢れ出してしまったら受け止める彼女が何かと大変だろう、と。
ひっそりと心中そんな自分勝手な言い訳して。

受け取った代金を卓台上の電卓横に置く。
」とその名を呼び捨てる。
呼ばれた彼女はふわりと振り向く。
そしてほんの少しだけ驚いたように小さく目を見張った。
それに、にっこりと笑って見せる。
腕を延ばす。
やんわりとその頬に触れて、掌で輪郭をなぞり上げて。
耳元を隠す綺麗な黒髪を、指先でもって後ろへと除けて。


「喜助さ…」


その耳に、脳に浸透させるよう吐息ごと直に吹き込んで。





「…あんまりアタシの前で楽しそうに他の男の名前を口にしないで下さいネ?」





うっかり殺意とか抱いちゃうんで、と。
わざと低く抑えた声でもって囁いて。





「ん…っ」


ちゅ、と。
その首筋の白く薄い皮膚にささやかな赤い跡を残した。





「…一護は幼なじみなんですけど?」
「知ってますよン、そんなコトは」


腕の中へと収めた彼女は不服そうな雰囲気を纏い、細い指先でもって鬱血の跡に触れる。
明日体育あるのにどうしてくれるのよ、などと言いつつもその口元は苦く笑っていた。
その表情に、首筋をさする仕草にまたうっかりとぐらつくこの心。


「嫉妬?」
「さて、どうでしょ?」
「はぐらかそうったってそうはいかないんだから」


そしてどうやら、そんな内側の揺らぎばかりは見逃してくれるつもりの無いらしい彼女は、
先程の苦笑いからはがらりと打って変わった、艶やかな猫科の笑みを浮かべて。


「…ねぇ、そんな風に妬くぐらいなら。
 私の前で『アタシ』っていう一人称も控えて貰えない?」


先程の幼なじみの時よりも、数段楽し気に笑って。


「それとも私はまだ、一人称に『ボク』を使って貰えるような距離に居ない?」


お返しとばかりに、耳朶へと触れた彼女の唇。

おや、気付いてたんですか。
なんて、何処か他人事のようにぼんやりと思う。
『アタシ』と『ボク』の使い分け。
無意識のうちに計られる、心の距離。


「ジン太やウルル、テッサイさんが羨ましい」


卑怯だと思う。
この嫉妬を暴くために、堂々と自分を嫉妬を晒してみせるその潔さ。
そのしなやかな心。


「───…こりゃ、参りましたねぇ」


それこそが、自分が彼女に惹かれる最大の理由なのだが。

そんな大っぴらに堂々と赤ら様に、いっそ爽快に嫉妬宣言などされてしまえば、
喜んで両手を上げて白旗を振る以外に何ができようか。
いや、できまい。
少なくとも自分には思い付かない。


「思いっきり嫉妬してました」
「ふふ、満点解答。大変良くできました」
「…まったく、ホントサンには適わないっスね」


適わないと、本気でそう思う。
これが所謂『惚れた弱み』というヤツなのだろうが、
彼女がそれならば、どちらかといえば『惚れた強み』と、
そう称した方がしっくり来るような気がした。


「それじゃあこの飴1コおまけして?」
「まーた、そうやって可愛く強請る」


そうして未だにこの腕の中に収まる彼女が指し示したのは一つの商品。
棒に刺さった真っ赤な飴。
小さな可愛らしい林檎飴。


「…ま、しゃーないっスね」
「やった。喜助さんのそういうとこ大好き」
「こういうトコだけっスか…?」
「まさか。そういうトコが『特に』好きってことですよ」


名残を惜しみつつも一旦彼女の腰へと添えていた腕を解いて、
夕日にとろりときらめく赤い飴を取り上げる。
彼女の視線もゆるやかにその軌道をなぞった。


「まぁいいですケドね」


その真っ赤な甘い林檎に口付けて。





「"ボク"も好きっスから、サンのそういうトコ」





その赤をそのまま彼女の唇にやんわりと押し当てた。



喜助さんったら浦原商店一同の前だと一人称違うなぁと思いまして。
つーか、喜助さんも好き。
死覇装姿の喜助さんに見事にハートをぶち抜かれたのは言うまでもなく(笑)