愛情
過多


サン」
「はい」


直接に吐息が鼓膜を振るわす、掠れた心地良い低音。


「…何かイイコトでもあったんスか?」
「別に何も」


優しく撫でるように後ろ髪を梳く、長くしっかりした男の指。


「じゃあ今日はまたどうしてこんなにも愛情過多なんでしょうねェ…」


自分は今、喜助さんへとひっついている。
学校帰り制服を着たままに胡座を掻く彼の大腿の上へと馬乗りに跨がって、
その首へと腕を絡め、彼の肩口へと顎を乗せて、
これ以上無いぐらいに甘ったるくぎゅうっと抱きついている。


「重いやら鬱陶しいっていうんなら即やめますけど」


言えば、腰へと添えるように回されていた片掌に僅かに力がこもった。
元より無いような距離がぐっと詰まって、密着、まさにそんな単語が相応しい体勢。
要するに更に抱き寄せられたのだ。
どうやら否定の意らしい。
真意を確かめようと思って腕を緩め、至近距離に顔を合わせれば、
まるでというか確実に狙っていたのだろう、ちゅっと小さく音を立てて口付けられた。


「それはダーメ」
「ダメですか」
「ダメっスね」


互いの呼吸を直に肌で感じられるような極近い距離での会話は、
自然と囁くような声色を作る。
ともすれば相手の声一つ一つに、肌を撫でられているような錯覚さえ覚えて、
そのくすぐったさに思わず僅かに身を引いた。
すると、逃がしませんよン、と。
よいせっと、両腕でもって抱え直される。
こつんと相手の額が自分のそれへと合わされた。
どちらともなく笑みが零れる。


「甘えん坊」
「どっちがっスか?」
「両方」
「確かに」


服を着ているのと陽がまだ高いことを除けば、まさに事の最中と言える雰囲気。
体勢は勿論のこと、会話すら情事独特の手短いそれだったりするから。
このままだと、太陽の位置などお構いなしな相手の手練手管に流されて、
一通り事を済まされてしまう可能性が大アリだ。
それは避けて然るべきものだと思う。

間近にある相手の薄い唇にそっと指先をあてる。
これ以上の先を咎めるように。


「今日は本当にダメですよ」
「ダメっスか」
「ダメです」


つい先程とは上下が逆になった会話。
上目遣いにお伺いを立てられてもダメなものはダメ。
だからこそ、はっきりと告げる。
ダメだ、と。
そしてその理由も。


「今日はこれから一護宅に泊まりに行くんで」
「…おや。」
「一護の妹2人とお風呂に入るって約束してるんで」
「………。」
「ハイ、そこ。卑猥な想像をしない」
「いたたっ。…そんなこと言ったって、アタシだって男っスからねぇ」


理由を説明すればふと、視線を斜め上へと流した相手の、
その草臥れた藁色の髪を痛みを伴う程度に引っ張ってやる。
そこに嫉妬の類いが全く無いと言えば嘘になるが、それは多くて1割からその半分。
残り9割5分は、本当の妹のように可愛がっている二人に対する、
姉まがい、父親まがいの心持ちからだ。
要するに教育的指導。
けれど指導を受けた相手はといえば悪びれた様子もなく。
また抜け目も無く。
やんわりとその薄い唇を、額へ、頬へ、唇へと掠め取るが如く触れるだけ触れさせてくる。
仕方の無い男だと割り切ってしばらく大人しくされるがままにそれていると、
気が済んだのか、穏やかなけれどしっかりと男の笑みを敷いた顔を挙げて相手は、
ふわりと笑うとよしよしとこの頭を撫でてきた。

…何をたくらんでいるのやら。


「ま、そんじゃ仕方無いっスね」
「…素直なその引き際に裏が無いことを祈るばかりだわ」
「失敬な」


この男にとって"引き際"と"反撃"は表裏一体なのだ。
それは普段の対応からも判ることだし、
また鬼道の特別講習を時に命懸けで受けている自分なんかは特に、
痛いほどに身をもって知っているというか生存本能に知らしめられてる。
けれど生憎、いくら先読みはできても、
その実に巧妙な反撃を突き崩せるほどの奇襲策を講じられるほど、
自分は優秀な生徒でもないから。
打てる先手と言えば、先読みしたことを口にすることぐらいで。


「だって。
 どうせ『それじゃあ明日はアタシと一緒にお風呂入りましょうね』とか言うんでしょう?」
「おや、良く判りましたね」
「白々しい…」


しかも相手は、私の先読みですら先読みするような男だから。


「まぁ、イイじゃないっスか」


その笑顔が曲者な強欲商人だから。


「アタシもサンも甘えん坊で、
 今日は黒崎サン宅に行くまでサンがアタシを甘え倒すんでショ?
 だから明日はその分、アタシがサンを甘え倒すんですよン」


甘えさせるようでいてその実、ちゃっかりと甘えていたりするこの男の。





「というわけで。さぁ、今日は存分に甘え倒して下さいな」





甘い誘惑に勝てるはずもなく。
「その実如何は問わず、あくまで甘えるのは私」と釘打って、
嫌がらせも兼ねて、ひたすらにキスだけをねだった。



要するに生殺し。(笑)
『超超超超甘甘甘甘なSS』とのリクでこんな感じに。
いや、やっぱベタベタすんなら喜助さんだと思うわけで。(どんなワケだ)