「喜助さんってスーツなんか緩く着こなしたら、もの凄く格好良さそう」


そう言ったのは確かにこの私だ。


「そうっスか?」
「うん。これはもう全力で断言できるわ」


拳を握り締めて、そう断言したのも私。


「うーん…」
「喜助さん?」
「…よし、サン」
「? はい」
「ちょーっと待ってて貰えます?」
「へ?」
「ちょっくら倉庫に行ってくるんで」
「はぁ…まぁ、了解しました。(お客さんでも来たのかな?)」


そのにっこりとした笑顔に、無考慮にも頷いてしまったのだってやはり私なんだけれど。


シンドローム


「─────マジですか…」


生きてきてこの方、こんな脳震盪まがいの目眩を覚えたことはなかった。


「なんスか、その反応は。
 サン御要望のスーツ姿じゃないスか」
「いや、それはそうなんだけど…っ!
 っていうか、問題はそこじゃなくて…!!」


反則、だ。

部屋の入り口には、スーツ姿の喜助さん。
不意打ちもがっつり致命傷なソレに、
思わず目眩に任せて畳の上へと横倒れにもぐったりと倒れ込んだ。
勿論、同情を誘うが如きエフェクトも忘れず、しっかりと額には手の項を添えて。

ぺたん。
頬に触れるひやりとした畳の感触。
そんな些細な冷たさですら、一瞬で火照りきった頬にはかなり有り難かった。


「アタシを差し置いて、畳にべったりなんて酷いっスねぇ」
「…急に畳の感触が恋しくなったの」
「アタシよりもっスか?」
「意地が悪くてタチも悪い喜助さんなんかよりもずっと」


ぷい、と。
これ以上逸らすことのできない顔の代わりに、横目に視線を畳へとへばり付ける。
そんな稚拙もいいとこな照れ隠しと私を見下ろして喜助さんは、
すっとしゃがみ込み、酷く可笑しそうに咽を鳴らしてくつくつと笑った。


サーン?」


惚れた弱みにも、楽しそうになんて名を呼ばれてしまって、
仕方無く視線だけを持ち上げる。


「さぁどうっスか、アタシの一世一代のスーツ姿は?」


黒のスーツ。
ズボンに裾を収めらていない真っ白なワイシャツ。
緩く締めたフレンチストライプのネクタイ。
しかも足下には室内だというのにきっちりと履かれている革靴。

見事に『緩く着こなされた』、それら。

私の趣味を心得過ぎだ、喜助さん。
どこをどう見てもイイ男過ぎて、冗談抜きで目眩が止まらない。
というかそれ以前に直視すらできない。
熱をもった頬が冷める気配は全く無いし、
心臓はさっきからバクバクと騒々しく脈を打ちっぱなしだ。

本気で、死ねる。


「…卑怯者」
「そんな襲って下さいと言わんばかりの体勢で頬を染めて、
 涙目でもって見上げてくるなんて、サンの方がよっぽど卑怯だと思いますケドね」
「〜〜〜っ」


判ってて、そういう事をお約束通りにも聞いて寄越すんだ、この男は。


「ほら、言って下さいよ、サン?」


ああ、もう。
どうしろっていうのよ。





「───…腰砕けるぐらい格好イイ、です」





本当に格好イイんだから、そう言うしかないじゃない。





「嬉しいっスねぇ。着てみた甲斐があったってもんっス。
 そんじゃまぁお礼に、早速腰の方も砕いて差し上げませんと♥」
「!?」


何とも不穏当な発言にぎょっとして、脊髄反射にもガバリと上半身を起こす。
しかし時既に遅し。
もはやしっかりと見上げる位置にその顔がある喜助さん。
にっこりと、笑う。
まずい。
組み敷く気満々だ、この人。


「ちょ、ちょっと!」
「ハイ?」


横倒れも、くの字になんて倒れ込んでいたものだから、
片肘を支えに起こした上半身はなかば腰を捻る形と、何とも中途半端で。
抵抗するにはほとんど力の入らない体勢で。
焦って声をあげれば、返ってきたのは実にのほほんとした声。
しかし骨張った男の手はといえば、ちゃっかりと制服のリボンに掛けられていて。
するりとほどける赤い布。
器用にも、着々と片手で外されていくワイシャツのボタン。
曝け出された胸元の肌へと直に触れる長い指。

何とか、せねば。


「真っ昼間っから何考えてんですか!?」
「あらま、サンがそれを聞く?」
「聞いてんじゃなくて、とっちめてんの!」
「なら言っちゃいますよ?」
「はぁ?」
「これ以上無いぐらいリアルに赤ら様に、
 サンなんか恥ずかしくてまともに聞いていられないぐらい仔細に生々しく」
「………もう、嫌…」


何とかせねばと思うのに、何となるものではないらしく。
ふっと目の前が暗くなる。
薄い唇と共に落ちてきた喜助さんの影で。
そして、これから数時間の自分の運命を思って。


「ああ、ご心配なく」
「…何が」
「折角賜ったリクエストっスからねぇ。
 当然、脱ぐなんて不粋な真似はしませんよン」
「は…?」
「アタシが器用なのは、サンがその身体で1番良く知ってるでしょ?」


何を言ってるのだろうか、と。
一瞬考えて、すぐに悟る。
ついでに血の気もさっと一斉に引く。


「大丈夫、スーツ着崩さずにもいけますから」
「そういう問題じゃないでしょうよ…!」


コスチュームプレイ!?、とか。
お望みとあらばソレっぽく、やら。
丁重にお断りします、だとか。
そんな遠慮なさらずに、なんて。
暖簾に腕押し、糠に釘、ついでに濡れてに泡な相手の、
その巧みな手管を阻むには、そんな押し問答など何の時間稼ぎにもならず。
あれよあれよと晒け出されていく自分の肌を時折掠める黒く厚い生地に、
つい先程、網膜へと鮮やかに焼きつけられた喜助さんのスーツ姿が脳裏へと甦る。

あんなイイ男全開なスーツ姿で抱かれてしまったら、
一体、自分はどうなってしまうのだろう。


「アタシはね、サンにもっともっといくらだって惚れ込んで欲しいんですよン」


危惧するのに、結局。
片手でぐっとネクタイを緩める仕草、ただそれだけにも、
この身体はまたもや呆気無く抵抗する気力を封じられて。
もうものの見事に、煽られて。





「だから、たまにはこういう小道具もアリでしょ?」





本当に、スーツを一部以外ほとんど着崩れさせずに一通りの事を成してみせた相手に。
やはり余裕綽々として目の前にある笑顔のスーツ姿に。
私は恨み言の一つも返すことができなかった。



タイトルの読み方は『ラブ・シンドローム』。
恋愛中毒。はなからアホ全開ですません。

今日発売のBLEACH最新巻巻末の人気投票のスーツ絵を見て思わず書きたくなって15分で完成。
すげえ。色んな意味で。(笑)
つか、藍染さん13位。あと少しだったのに。
藍染さんのスーツ姿が激しく見たかったよ、久保センセ…!