Sweet★ing


「喜助さん、デートしましょ♥」


言えば喜助さんは、「さんも大概真面目っスねぇ」と。
「イヤですねぇ、死神の鑑になんてならんで下さいヨ」と。
端から聞けば実に文脈の噛み合わない溜め息でもって受け答えてくれた。


「まぁコチラとしては儲かるからイイんスけどね。
 ハイ、どーぞ。頼まれてた義魂丸ス」
「わぁ、リクエスト通りのウサギさん♥
 ありがとうございまーす」


そう、デートとはつまり虚退治のことで。

死神化を会得し、ルキアの死神代行を請け負ったとはいえまだまだ未熟な一護。
一護一人では到底空座市全ての虚を捌き切れない。
そこで、一護よりも十年弱近く早く死神化を会得し、
一心おじ様+喜助さん(+テッサイさん)に師事し楽しくしごかれたおかげで、
能力的には隊長格クラスまで伸ばしに伸ばし上げた私が、
おじ様に頼まれ、一護とルキアには秘密裏に死神代行"補佐"を務めているのだ。
そして一護の死神化をルキアがグローブで文字通りにも手助けするように、
私の死神化を手伝ってくれるのが喜助さん。
加えて何かと後始末も請け負っている喜助さんは、
「喜助さん、デートしましょ♥」と軽いノリで誘うと、
私の虚退治にちょくちょくと同行してくれるのだった。


「ふふ…『儲かるからイイ』、ね」
「ハイ?」
「私としても"お仕事"だと喜助さんに会えるからイイんですけどねー?」


パタパタと扇子を仰ぐその腕に、つつつっと擦り寄り自分のそれを絡める。
勿論、周囲からは何かと不吉と定評のある可愛らしい笑みを添えて。
にこり。
少しクセのあるくたびれた藁色の毛先を見上げる。
「おや」とばかりにきょとりと目を見張ったのは他に誰がいようか喜助さん。
けれどそれも僅かにして数秒のこと。
次の瞬間にはすぐにいつも通りのへらっとした口元を拵え浮かべられてしまった。
(どうやら喜助さんの不意を突くにはまだまだ修行が足りないらしい)


「またサラッと可愛いコト言ってくれるんスから」
「だって御覧の通りの可愛い女の子ですから♥」
「ハハ、そうデシタ」


これ以上こんな『可愛い女の子』を待たせるワケには行きませんしネ。
さて、行きましょうか。
言うなり、毎度の事ながら一体どこから取り出したのか、
いつの間にやらお馴染みの時代錯誤なステッキを手にしている喜助さん。
「はーい、教官」。
素直な返事を返して目を閉じる。
「そんじゃ、いきますよ」。
小さな深呼吸を一つ。
すっと呼吸を止める。
すると見計らったように額の中心に触れた丸く冷たい感触。
喜助さんの件のステッキの先端だ。
ぐっ、と。
しかし、ゆったりと。
丁寧に額へと押し込まれるそれ。
堅い木の感触が皮膚を圧し、肉に、骨に押し付ける。
と。
ある感覚の一線を境に、つい数瞬までは確かに感じていたはずの木の触覚は、
まるで露が水面を打つような感触を伴って消え去った。
否、散って去った。
代わりに身体を満たすのは曖昧に得体の知れた解放感。
世界が遠退くと同時に急激に迫ってくる。
毎度の事ながら何とも形容し難い不可思議な感覚だ。
肉体から死神化した魂のみを抜き落とすこの作業は、
何度行ってもやはり新鮮味を覚えざるを得ない。
「はい、しゅーりょー」。
背から何かがゆるりと剥がれ落ちるかのような感覚を最後に、
喜助さんに告げられるままそっと瞼を上げる。
そしてそのまま何とはなしに背後を見遣れば、
テッサイさんの腕の中で文字通りにも死んだように昏く睡る自分が居た。


「あ、テッサイさん。ありがとうございまーす」
「いえいえ。殿の大切な御身ですからな」
「テッサイさんって紳士だから大好きですー♥」
「いやはや、照れますぞ」
「それじゃまるでアタシが非紳士的みたいな言いぐさじゃないですか」
「そんな事は言ってませんけど…───って、え、何ですかその唐突なスーツ姿は。
 イリュージョニストの心得まであったんですか喜助さん」
「御期待に添えず恐縮ですけど、鳩は出せませんよン」


テッサイさんに気を取られて油断を許した背後。
何とはなく振り向いたそこにはいつぞやのサプライズ再来。
濃いダークグレーのスーツにフレンチストライプのネクタイ。
しかも素足に革靴。
前回同様卑怯なまでに、見事にゆるく着こなされたそれら。
しかし今回ばかりは脈絡とか話の前後とかそうした諸処の事象が抜け落ち過ぎて、
むしろ驚く暇も無かったせいかかえって冷静な反応を返すことができた。
(背後からは「成長しましたな、殿」とのお誉めの言葉を頂戴した)


「日頃から御贔屓にして頂いてるお客様への店側からのお礼ってトコです♥
 ま、オプションサービスっスね」
「『今夜も御指名ありがとうございます』みたいな?」
さんはウチの店の上客も上客ですからねェ。
 懇切丁寧手取り足取り腰取り『真心』をモットーにエスコートしますよン」
「『下心』の間違いじゃないですか?」


差し出された乾いた大きな掌の上に、取り立てて綺麗なわけでもない自分の指先を乗せる。
引かれるままに歩き出す。
コンクリートの大地を蹴り、真っ暗な宙へ。
屋根を伝って、もはや嗅ぎ慣れたその臭いを辿り歪んだ霊圧を目指す。
数十センチ前で夜風になびくクセ毛の先を無性に撫でたくなったが、
とりあえずは繋いだ手をぎゅっと握り締めることで我慢した。

月影をまとってふわりと振り返り喜助さんは笑った。


「しかし黒崎サンの尻拭い…おっと失礼、朽木サンの死神代行補佐も骨が折れるっスねぇ」
「一護は死神になったばっかなんだから仕方無いですよ。
 私だって喜助さんや一心おじ様にたくさん面倒掛けましたし」
さんは寂しいぐらいに手間の掛からない生徒でしたけどネ」
「えへー、セールストークでも嬉しいです。
 でも一護はこれからグングン伸びていきますから」
「妬けますねェ」
「だってこれから喜助さんがガンガンしごくんですもん」
「…そんな風に期待されたら応える以外にないっスね」
「ふふ、大事な幼なじみ兼親友をよろしくお願いしまーす」
「任されマシタ」
「あ、でも死なせない程度にお願いしますね」
「ウーン、ま、一応努力はしますケド。保証は致しかねますネ」
「えー」


本気なのか冗談なのか、否、本気でもあり冗談でもあるのだろう。
そんな他愛もない会話を交えつつ、辿り着いた其処。
自分の霊圧に汚らしく涎を滴らせて嗤う虚。
隣にはいつも通りの底の読めない笑みで笑う喜助さん。

ああ、今夜も星が綺麗。


「喜助さんって男の子に冷たーい」
さんの周囲の野郎共には特にね」


毎夜、夜空で重ねるささやかで物騒な、
けれどどうしたって甘く胸をくすぐってやまないそんなデート。





「一護を死なせたら一生口利きませんから───浸し喰らえ、濡羽鴉ぬればのからす





繋いだ手もそのままに片手で虚を斬り伏せば、
その真横を奔って更に奥の虚を斬り散らした紅い一線。
隣を見遣れば「そればっかは御免被ります」と、
白いワイシャツとダークグレーのスーツが軽やかに、楽しげに翻った。

(ちらりとのぞいた男の腹筋に一瞬全力で釘付けになったのはここだけの秘密)



DMC3のダンテの腹チラとかマジたまんないです(お黙り)

このSSは、479974hitsキリリクを下さった愛しの鈴澪サマへ。
もう本当お待たせしまくってお前どの面下げて進呈する気だゴルラァ!と、
どうか叱って下されお館様ぁあぁァあァ───…!!(歯食いしばれコラ)

リク内容が『喜助さん夢』で『スーツな喜助サンとお出かけ』とのことで、
普通のデートじゃつまらんだろうと虚退治なデートにしてみました。
───と、思いきや『喜助さんのスーツ腹チラ』を書こうと思って書いたら、
自然とこうなったという…(笑)