空色の時


「電線って空の刺繍だよね」


隣を歩く彼女の言動は、いつだって鮮やかに僕の虚を付いてみせる。


「は?」
「空の刺繍。見えない?」
「…どうかな」


青い空、白い雲。
そこに張り巡らされた黒い電線。
成る程。
空が布で、電線が糸か。


「そう言われてみれば見えなくもない、のかもしれない」
「何それ。曖昧」


まぁ、石田君らしくはあるけど。
言って彼女は、どうしてか酷く楽しげに笑った。


「ずっと思ってたの。電線は空の刺繍みたいだって」
「そう」
「うん。まぁ口に出して誰かに言ったのは初めてだけど」
「…そう、なんだ」
「そうなんです」


空の刺繍。
言い得て妙な表現だな。
口には出さなかったけれど、それが真っ先に浮かんだ感想だった。

しかし同時に、それも地上から見上げる分においての話だろうとも思った。
上空から見下ろせばこの"刺繍"も、また違った表現を得るのだろう。
地上を縦横無尽に線引く黒い電線。
彼女に倣えば、さしずめ大地の"傷跡"とでも言ったところか。


「石田君?」
「…何でも無いよ」


何を考えているのか。
そんな詩人まがいの思考を紡いでいる自分の、その非常用的な観測に僅かに動揺する。
と、袖口をくいくいと2回引かれた。
視線を落とす。
そこにあったのは、当然の如く華奢なそれ。
意図が計り切れず隣の彼女を見遣る。
ともすれば楽しげに見上げてくるその黒い瞳。
真っ直ぐな視線。


「あと一つ。これは今思い付いたんだけどね」


どくり、と。
胸の中心が一つ大きく脈打つ。


「電線が青い空の刺繍なら…」


そう。
隣を歩く彼女の言動は、いつだって鮮やかに僕の虚を付いてみせる。





「白い雲はさしずめ、ワンピースかな?」





その笑みで、僕のこの不透明な心を発き出す。





「…今度、作ってあげようか」
「え?」
「白いワンピース」
「私に?」
「他に誰が」
「本当?」
「嘘を言ってどうするんだい」


言えば、無遠慮にも目を見張られる。
綺麗な黒い瞳が、いっぱいに自分と空を映す。
気付けばいつの間にやら止まっていた互いの歩み。
「生地、買いに行こうか」。
告げて、問答無用にも彼女の手を掴み、繋ぎ、歩き出した。

ああ、自分は。
こんなにも行き当たりばったりな人間だったろうか。


「石田君」
「何?」


これでは黒崎並みじゃないか。
内心舌打ちする。

けれど。


「凄く嬉しい。ありがとう」


振り返れば、ほら。
やはり彼女が嬉しそうになんて微笑うから。


「───…どう、いたしまして」





空の刺繍を見上げながら僕は、彼女に似合う白いワンピースを思い描く。



初・雨竜夢は恋人未満な自覚編。
窓から夏の空をボーッと眺めていて、パッと思いついたネタ。