06.


「いい湯ねぇ」
「だろ?」


琥珀の弓張月を見上げ。
十四郎とは浮竹家の露天風呂でゆったりまったりと寛いでいた。


「というか、初めてだよなぁ。こうして二人で風呂入るの」
「当たり前でしょ、お馬鹿」


何故二人が風呂を共にしているかといえば、殊更艶めいた理由がある訳でもなく。
むしろ色気など皆無なまさに成り行きの結果なのであった。

久々に浮竹家へと"客人"としてお邪魔したに、
家主である十四郎が『風呂入って、飯食ってくか?』と聞き寄越して、
寄越されたが『じゃあお言葉に甘えて』と二つ返事に承諾したところ、
そこにどうにも無用な気を利かせてしまったらしい使用人達が、二人分の湯浴み着を用意し、
且つ二人を露天の浴場へと通し「ごゆるりと」などと場まで外したりなんかして、
まさにおあつらえむきの状況を用意されてしまったりで、
はっきり言って全くその気の無かった二人は「おや」と軽く目を見張りはしつつも、
長い付き合いから「まぁ、いいか?」と湯に身を浸して現在に至るのだった。


「ああ、でも。
 春水とは一緒にお風呂入ったことがあるわ」
「…───はァ!?」
「春水の奴、学生の時女子寮の風呂を覗きに来て、ちょうど入ってた私に見つかってね。
 苦し紛れにも『良し、裸の付き合いだ!』とか何とかほざいて堂々と入って来たわよ」
「あいつ……って、結局春水と風呂入ったのかよ、お前…」
「まぁ減るもんじゃないしね」


の肩に片腕を回して、両手両足を湯船いっぱい伸ばしきった十四郎の姿は、
まさに『ぐでー』という表現が一番しっくりとくるもので。
十三番隊隊長の威厳などまるで皆無である。
対して十四郎の隣に崩した正座で座るも、
珍しくも長く艶やかな髪をさっと結い上げており、
その姿は普段よりもずっと柔らかな雰囲気を帯びていた。


「お前なぁ…」
「あら、普通親友になんて欲情する?」
「俺はする」
「威張るな、そこ」


二人共に、湯浴み用の白い襦袢をまとって湯に浸かっている。
十四郎はそれで何ら問題無い。
しかしに関してはいかんせん肢体の造形が実に形良く出来過ぎているため、
その艶を幾分ぼやかすことはできても、艶自体を完全に覆い隠すことはできず。
男が見れば十中十人、欲情するには十分な代物だった。
しかし浮竹はといえばその言葉とは裏腹に、
欲情するどころか、完全に弛緩しきっている。
言い方を替えれば『安らいでいる』と、そう表してもいい。
からからと昔からのそれで笑うその無防備な在り方に、
が緩みかけた口元を何かと労して繕ったことに十四郎は気付かなかった。


「お前はしないのかよ?」
「はぁ?」
「隣に居るだろ、親友が」


しかもこんな色男が、と。
したり顔で笑んで寄越した十四郎。
ともすればは呆れたように半眼に見据えて。


「何、今この場で私にアンタを襲えと?」
「試してみる価値はあると思うぞー」
「そう…そんなにも溺死したいというのならね、親友のよしみにも御要望にお応えして…」
「───俺が悪かった」


その後、にっこりと。
本気なのか冗談なのかを意図的に曖昧にした笑みを向けて、十四郎を即座に謝罪させた。


「まったく…何でお前はそうも男前なんだよ。
 俺の立場が無ぇじゃねえか」
「ふふ、お誉めの言葉として預かっておくわ」


ちゃぷり、と。
湯が音を立てる。
が結い上げた髪をほどいたのだ。
水面に浮かび漂う黒髪。
合わせて艶めいた女の表情敷いたは、
首から上で、まるで猫のような動作でもってすっと十四郎との距離を詰める。


「まぁ、それにね」
「ん?」
「こんな男前でも私も一応女だからね」


その楽しげな声色につられて顔を向ければ、そこには予想以上に至近距離にあったその美貌。





「───どちらかといえば襲うよりも襲われる方が好みだわ」





そう彼女の"企み笑み"に、心乱されぬわけもなかった。





「あら。もうのぼせたの、十四郎?」
「うっせーよ…」
「襲われ甲斐の無い」
「襲うこと決定か、俺は」
「据え膳食わぬは何とやらよ」
「どっちが据え膳だが…」
「食われたいの?」
「───有り難くいただかせて頂きます」
「ふふ、どうぞ召し上がれ」


青柳の糸

乱されて、絡み縺れて二故の一に

浮竹夢はヒロインがアレなので、やらしいんだかやらしくないんだが良く判らない感じに。
いや、やらしいのか。やらしいんだ。(再確認)
しかしこの二人の会話はヒロインが男前なもんで書いてて楽しいっス。

【06】青柳の糸『乱れやすいたとえ』 _ 配布元:やまとことばで38のお題サマ