19.


「ねぇ、十四郎」
「何だ?」


十三番隊隊首室・雨乾堂。
もはや十三番隊隊長である浮竹十四郎の私室と化している其処には、
部屋の主と、その古馴染みである一番隊総隊長特別補佐官のの姿があった。

まるで主の在り方をそのまま映したかのような雨乾堂は、
周囲を竹林に抱かれた静かな畔の、その中央に浮かぶかの如くに造られている。
季節は薄らと雪の舞い散る霜月。
世界はしんしんと降る白いそれ以外に時折箱火鉢の黒炭がパチリと音を立てるだけ。
雨乾堂内に居る二人はどちらかといえば静謐や静寂を好む人間である。
またがそれらを求めてこの雨乾堂に足を運ぶことを浮竹も知っているからこそ、
二人がぽつりぽつりと口を開く以外に、雑音という雑音はほぼ皆無だった。


「私のこと、『好き』か『嫌い』か。
 どちらかでしか分類できないとするならば、十四郎は私をどちらに置く?」


まるで夕餉のおかずでも選ばせるようなの声が、更に世界を静まり返らせた。


「………」
「何、それは黙秘権行使?」
「いや、そうじゃないが…」


お前の突飛な発言に思考回路が追い付かなかっただけだ。
浮竹は素直に白状した。
それは相手が他ならぬであったが故に。

と浮竹は、京楽と共に肩を並べた真央霊術院の同級にして兄弟弟子、
且つ云百年来の大親友である。
ついでに付け加えれば彼女は『瀞霊廷最強の参謀』と謳われ、
護廷・裏廷の公安を一握に統括する特務機関の長を務めている。
要するに隠す誤魔化すといった小細工が一切通用しないのだ。
取り繕うだけ無駄である。
労力の浪費だ。
そんな眼前の男の反応など予測済みだったのだろう、
は酷く楽しげに笑んで「十四郎」と笑い声のままその名を呼んだ。


「私のことは『嫌い』?」
「そんな訳ないだろ」


自身でも驚く程に固い声。
眉間に皺が寄っているのも容易に感じ取れた。
心境としては『また何かしらの罠に嵌められるんだな俺は…』、そんなところである。


「なら、『好き』?」


しかし罠と判っていて避けないのは、彼女には適うわけもないとの諦めからか。


「───好きに、決まってんだろ」


はたまた彼女ならば甘んじてという、一方的な感情からか。

への受け答えと平行して自問自答を重ねてみたがやはり答えは得られず、
そんな内心の拙い葛藤を誤魔化さんと浮竹は、
「寒くないか?」と火箸で箱火鉢の中身を突ついた。
パチリと音が弾けて、ほわりと部屋の空気が僅かに緩む。
すると「ありがと。相変わらずイイ男ね」との口元もふわりと緩んだ。


「それじゃあ『好き』というカテゴリーに分類したとして。
 そうしたら私は十四郎の『好き』の中でまだどの辺りの格付けになるのかしら?」
「まだ分類するのか…?」
「そう」


分類するの。
くすくすと涼やかな女の声が部屋を満たす。
人が見れば十中八九どころか十中十人『大人の女』と評するだろう美貌。
その艶やかな姿体、また不思議とその容姿とも調和する気さくな物腰。
普段の彼女はそれらに合わせた気怠げな甘い声色を好んで使っている。
しかし今其処にあるのは、十四郎と京楽の前でだけ、
今となっては時折だが見せる、学生の頃と変わらぬあどけない笑い方。
ともすれば胸の内へとひっそりと溢れ出す、独り善がりな独占欲。


「『好き』では駄目なのか?」
「それじゃあつまらないでしょうよ」
「そういう問題かよ」
「そういう問題よ」


ああ、また。
そうして楽しげに笑う。

そんな一方的で、独り善がりな感情を彼女に覚えるようになったのは、
またそれを胸の内へと大事に抱くようになったのは一体いつの頃からだったろうか。


「はぁ…で、例えば?」
「そうねぇ。『少し好き』『わりと好き』『それなりに好き』とか」
「いつからの付き合いだと思ってる。
 お前の中でそんな浅い繋がりだったのか、俺達は?」
「だからそれを確かめようとしてるんじゃない?」
「……成る程な」


観念したのか。
はたまたなげやりにも投げ出したのか。
溜め息を一つ、神妙な面持ちを作った浮竹はそのまま話の先を促した。
もはや腹を括ったせいもあってか、その情態はどんと来いといった何とも潔い構えで。


「まぁつまり、この辺りのカテゴリーではないのね?」
「ああ」
「それじゃあ…」


つ、と。
一度視線を斜め上に流すと、
昔から変わらぬ"企み笑み"を浮かべては浮竹へと向き直る。


「『人並み以上には好き』とか」
「違うな」
「『気兼ね無く酒を酌み交わせる程度に好き』」
「足りない」
「なら『実は凄く好き』、『というか最高に好き』…」


切れ長の目が、猫のように柔らかに細められる。





「───あとは『ぶっちゃけた話、最愛』」





それは手放しに抱き寄せたくなるような、甘く穏やかな笑み。





「どう?」
「……そうだな」


企み笑みもそのままに、はゆったりと選択を迫る。
すると数秒押し黙った浮竹だったが、利き手の指先で顎を一撫ですると、
にやりという擬態が相応しい表情を浮かべて腰を上げた。
それにすっと眉を潜めた
何処か得意気な浮竹のそれは、昔から彼が妙案を思い付いた時特有の顔付きで。


「後半その辺りは全部だ」


警戒を裏切らぬその笑みに、は「またやられた」と内心大きな溜め息を吐いた。


「………は?」
「だから。全部だと言ったんだ」
「いや、あのね。
 私は『どれか』に分類して欲しいわけで…」
「分類しようにも、どれに分類するか迷うからな」
「…アンタね」
「まぁ、強いて分類するとすれば『ぶっちゃけ最愛』か?」
「………あ"ー、もう…っ」


らしくもなく、こめかみから掻き揚げた髪をわしわしと梳くと、
は悔しそうに「この男は…」とぼやく。
その正面にぐっとしゃがみこむと浮竹は、にかりと笑った。


「…アンタって昔からそうよね」
「そうか?」
「そうよ。
 罠に掛けようとすれば、途中までは面白いぐらいに素直に嵌まるのに、
 最後の最後にとんでもない機転を利かせてくれやがったりで、
 厭味なぐらいに鮮やかな奇襲へと転向してみせてくれちゃうんだから…。
 おかげで学生時代は作戦練る度、毎度アンタの置き位置には頭を悩まされたもんだわ」
「瀞霊廷最強の参謀にそう言って貰えるとは光栄なこったな」


手を伸ばす。
その艶やかな髪先に触れる。
そうしてちょいちょいと指先でいじれば、
「猫?」と細くしなやかな女の指が大きな掌を捕らえた。
「それはお前だろ?」と、今度は男の指先が女の掌を捕らえ、
そのまま口元へと運び、ふわりと口付けを落とす。
女が憮然としたのは言うまでもない。


「で、お前は?」
「…調子乗ってるわね」
「まぁな。
 ほら、俺はお前の中でどういう分類に位置してるんだ?」
「本当タチの悪い男…」


溜め息を一つ。
捕らえられた指先を男の頬へと寄せるとそっとその顔を引き寄せて、
自らも壁に凭れていた上半身を起こして距離を埋め、その耳元へと唇を寄せる。





「───…まぁぶっちゃけなくたって、もう随分と最愛だったんだけどね」





いい加減歯痒くて言わせようと思って仕組んだのに逆に言わされちゃったわ。
完全に観念しきったその台詞に、浮竹が目を丸くしたのは言うまでもない。


那智の御山

言わぬなら、言わせてみせようこの愛しさ

本誌の影響で浮竹のお株急上昇。
最初は変眉とノーマークだったのに…!
つか学生時代の浮竹と京楽には見事にハートぶち抜かれました。

【19】那智の御山『言えば叶う』 _ 配布元:やまとことばで38のお題サマ