愛し愛され
雨の宿り


「酷い空ですね…」


自分の特等席である縁側と、居間とを遮る障子に手を掛け彼女はそう呟いた。


「昨日の晩からずっとこの状態だからね」


見上げれば、鈍い鼠色の空。
今朝はそれこそ早朝から一段と低い気圧に湿った空気と、
圧迫感さえ感じるような息苦しい曇天だった。
それが、今やこれだ。
滝のように大仰に降り注ぐ、大粒の雨雫。
耳を打つ、重層の雨音。
雨脚はその筋をくっきりと描き、地面を突き刺すのような激しい雨模様は、
バケツを引っくり返したという表現も案外しっくりくるものだと、
感心さえ覚えてしまう程のものだった。


「冷えないかい?」
「平気ですよ」


後ろから、寝間着姿の彼女をそっと抱き締める。
すると細い腰へと回した腕に白い手が重ねられた。
直に伝わってくる彼女の体温。
確かに冷えてはないらしい。


「これじゃ当分、帰れそうにありませんね…」
「僕が居ては邪魔かい?」
「そんなことはありませんけど…」
「ならこのままずっと僕も此処で暮らすというのはどうかな?」
「…いつになく積極的ですね」


今日のお仕事はどうするんですか?、と。
くすくすと涼やかに笑う彼女の首筋に顔をうずめる。
なめらかな感触の、白く透き通るような肌に頬を寄せた。
そうしてそのまま耳元で「どうしようか?」と囁けば、
くすぐったさからか、はたまたそれ以外からか、
甘やかな釘を刺すように「藍染隊長」と、彼女は小さく肩を竦めた。


「僕としてはかなり本気なんだけれどね?」
「もう…でも、そうですね。
 とりあえずはこの雨が止むまでの間は、一緒に暮らすことになりそうですね」
「はは、手厳しいな」


直に触れ合う肌越しに伝わってくる、自分よりも幾分低い体温。
そこにじわりと滲んだ甘い微熱。
思わず溢れる苦笑い。
もう一線などとうに越えてしまっているというのに、
今でも彼女はこうして些細な仕草の端々に初々しさを示す。
しかし、かと思えば酷く艶やかな女の表情を、
時に不意打ちまがいにも披露してみせることもしばしばで。
彼女の一挙一動にこの身は、いとも容易く翻弄されて。
同時に深い安らぎさえも得て。


「惣右介さん」


凛とした、透明度の高い彼女の声が余韻となって耳に残る。

甘く痺れるような微熱。
身体中に響き渡る浸透感。


「何だい?」


そう呼ばれる度に込み上げてくる抑え難い熱情。
狂おしい程の心の軋み。

息も、できない。





「好きですよ」





───全く突然の告白に、心臓すら止まりそうになった。





「どうしたんだい…急に?」


普段、この手の不意打ちな告白の回数が多いのは自分の方であり、
彼女の方からというのはなかなかに珍しい。
そんな驚きと動揺を悟られまいと身体を離しかけて、
僅かに緩めた腕の中で見計らったように僅かに上半身を捻った彼女は、
斜めに僕を見上げると柔らかく笑み、そして言う。





「藍染さんがそう言って欲しそうな顔をしていたから…」





とどめの一撃。
言葉も紡げない。
思考が追い付かない。


「惣右介さん?」


今度は不安げな表情でもって呼ばれる自分の名。
ああ、まったく。
揺すられてばかりのこの胸の内を一体どうしてくれようか。
そうしてまた馬鹿のひとつ覚えのように、自分がどれほど幸せな人間であるかを思い知る。


「…雨はまだ上がらないようだね」


視界を押し流す、車軸の如き雨。
太陽が顔を覗かせる気配は微塵もない。
ならば。





「この分だと、当分誰にも邪魔をされずに思う存分私を独占できますね?」
「この分だと、当分誰にも邪魔をされずに思う存分僕に独占される事ができるね?」





二人微笑って。
独占して、独占され。

今日という日を君と僕に費やそうか。



久々の藍染さん夢。
実は私、『惣右介さん』よりも『藍染さん』って呼び方の方が好きだったりします。