君は僕の
一番星


それはとある昼下がりの出来事。


「もっともっとー!」
「はいはい」


十一番隊の副隊長を膝の上へと座らせて、
金平糖を食べさせているのは六番隊の第三席。
色彩々の砂糖の星を、まるで金魚のようにぱくりぱくりと、
片っ端から平らげるその小さな口に、
促されるままにも、一つ一つ丁寧に指で摘み上げては運ぶの表情はとても穏やかで。
その日向の光景に、通りすがる死神達は男女問わず皆一様に、
微笑ましいものを見るかのようにその口元ごと表情を緩め、
また一部の男性陣は、足をとどめては良からぬ妄想に耽っていた。


「…でもそんなに食べて大丈夫、やちる?」
「だいっじょーぶ! まだ二袋目だもん」
「そ、そう…」


事の始まりは六番隊詰所前の廊下。
大好物の金平糖がぎっしりと詰まった袋をいくつも手に提げて、
とたとたと走るやちるを発見した
声を掛ければ、「一緒に食べよ!」との可愛らしいお誘いを受け、
特に断る理由も無かったは二つ返事で承諾した。
そんなこんなで二人は瀞霊廷の共用中庭にて、
こうして現在の母と幼子(おさなご)の図を成しているのだった。

そして。


「ああ、やはり此処に居たんだね。
「藍染さん」
「あ。藍染たいちょー」
「やぁ、草鹿君」


そこへ、ふわりと登場したのは五番隊隊長である藍染惣右介。

驚きから、控えめにも目を見張っているを余所に、
しゅたっと挙手して挨拶したやちるの頭をその大きな掌でくしゃりと撫でて彼は、
「此処、いいかな?」と手短に断りを入れて、の隣へとそっと腰を降ろした。
そんな五番隊隊長の一連の登場に、例の男性陣が涙を呑んでその場を辞したことに、
彼女が全く気付かなかったのは単にがその手の事柄に疎いせいなのか、
はたまた彼の隠れた巧妙な手管か。
否、この場合は後者なのだろう。
誠実な策士は、微笑ましい構図を視界に収めてその眼差しを柔らかく細めた。


「金平糖かい? 美味しそうだね」
「おいしいよー」
「金平糖はやちるの大好物だものね」
「はは。何と言うか…隊長・副隊長格は皆どうにも甘党らしいね」
「ふふ、そういえばそうですね」
「君は葛餅が好きだしね」
「そういう藍染さんだって草餅がお好きでしょう?」


休むことなくもくもくと口を動かすやちるを、
抱き寄せるようにして座り直させ、は笑った。
つられて惣右介も、笑う。

すると。


「───あ! 剣ちゃん発見!」
「え、ちょ、やち…」


そう声を上げて、ぴょんっと転げるようにしての膝から降りると後はもう一直線。
振り返る間も惜しむように、十一番隊隊長の元へと駆けて行ったやちるは、
首から上だけを捻った肩越しの視線を巡らせ、
と惣右介へと向かってその小さな手の甲をひらひらと振った寄越した。


「じゃね、!」
「待って! 残りのこれ、どうするの?」
「二人にあげるー!」


そうして、小さな旋風(つむじかぜ)が去って行った後に残されたのは曰くの二人。


「あげるって、やちる…」
「はは、相変わらず元気いっぱいだね、草鹿君は」


唐突にも二人きりとなった、と惣右介。

やちるへと伸ばし、行き場の無くなってしまった手を、
とりあえずとゆったり胸元へと引き戻したは、
やちるが走り出すのに合わせて咄嗟にもう一方の手で避難させた金平糖の袋を、
丁寧に自分の膝の上へと乗せた。
そうしてふと、思い出す。
隣に座る人物の台詞を。

『ああ、やはり此処に居たんだね。

───"やはり"?


「そういえば…藍染さん、どうして此処に?」


口振りから自分が此処にいることを最初から知っていていた様子が伺える。
けれど何故?
自分とやちるが先程から、ちょっとした注目の的となっていたことなど知る由も無い、
自身の価値についてはとんと疎いは、やはりどうしたって腑に落ちず、
些細な疑問を当の相手へと尋ねやる。
ともすれば。


「藍染さん…?」


ほろ苦く笑うのは他でもない、隣のその人。


「そうだね…軽い嫉妬覚えたから、かな?」
「え?」
「知っての通り、先程まで隊首会だったわけなんだが…。
 詰所に戻る途中、君達の話を聞いてね」
「君達って…私とやちるのことですか?」
「そう。君と草鹿君がとてつもなく癒される光景を中庭で提供してくれているとね。
 詰所へ戻る道すがら、出くわす死神達に口を揃えて言い渡されてしまったよ」
「はぁ…」
「なものだから、これは見に行かない手はないだろうと思ってね。
 まぁ様子を見に来てみれば本当に、何とも微笑ましい構図がわけだが…」


成る程、と。
彼が『やはり』として中庭へと辿り着いた経緯は大体飲み込めた。
しかし一つ解ければまた一つ増えるのが疑問というもの。
今度は、先の『軽い嫉妬』という単語がどうにも上手く文脈と繋がらない。
思ってが首を傾げて見せれば、そんな彼女の反応など初からお見通しだったのだろう、
惣右介はゆったりと腕を組み直し、そして。





「草鹿君のような可愛らしい女の子にまで妬いてるのだから、重傷だと思ってね」





苦く、けれど甘く、微笑った。





「それは…」
「いやしかし、結果オーライなのかもしれないね。
 僕と君と草鹿君という構図だと"家族"に見えなくもないだろうから」
「!」


これはこれで幾分か牽制になったかな、と。
惣右介は常と変わらない穏やかな表情で笑う。
対して、彼に比べると少々免疫の足りないは、
どう返したものかと生真面目にも言葉に詰まって。

けれど結局は。


「───…そう見えたのなら、嬉しい、です」





誠実な策士の笑顔に、両手で白旗を挙げた。





「…とりあえず。
 詰所に戻ってやちるからお裾分けして貰った金平糖、一緒に食べましょうか?」
「ありがとう。とすると、そこは勿論君が食べさせてくれるわけだね?」
「え? ええ、まぁ…?」
「口移しなんていうのも乙かな」
「!」
「そんな顔をされると『冗談だよ』と言えなくなってしまうんだがなぁ」



何が書きたかったって、金平糖をかっ食らうやちるが。