水
蜜
桃
「桃、剥きましょうか?」
「お願いできるかな?
…僕はどうもそういうのは苦手でね」
「ふふ、そうですね」
すぐ隣で可笑しそうに笑うの手の中には、惣右介が"手土産"として持参した白桃。
愛らしい子供の頬を思わせるふっくらとしたそれはまさに食べ頃といった熟れ具合で。
が水分を多く含む果物が好きと知って惣右介が、
わざわざ自身で出向いて買って来たものだった。
「でも、字はとてもお上手なのに…不思議ですよね」
「そうかな」
「そうですよ」
するすると次第に白い素肌を露にする白桃。
瑞々しいそれは、皮を剥く度に果肉から甘い蜜を滴らせて。
しっとりと、甘ったるくのしなやかな指先を濡らす。
するり。
ぬるり、と。
丁寧な手付き剥かれていく淡い桃色の衣。
そうして一口大にと形良く均等に切り分けられたそれは、涼やかな硝子の小皿へと盛られた。
「美味しそうだね」
「本当に」
切り分けた最後の一分けを皿の上へと乗せる。
その一瞬、指先からひたりと滴った甘い果汁。
「そちらも、ね?」
「…『そちら』?」
惣右介の指示語に不思議そうに小首を傾げた。
対して当の発言者である惣右介はにっこりと穏やかに笑って、
笑顔のままに、伸ばした大きな手で彼女細いの手首をやんわりと捕らえた。
捕らえられてしまえば余計に相手の意図するところを掴めなくなったは、
軽く困惑したように眉根を寄せたが、しかし惣右介のされるがままに任せて。
ぽたり、と。
爪先から畳の上へと滴る蜜。
ともすれば。
「あ、藍染さん…っ」
引き寄せた蜜まみれのその指先に、掬うように触れた温かな唇。
「ちょ、藍染さん…!」
予想も及ばないその人の行動に、抵抗することも忘れた。
「ん…っ」
ぺろり、と。
柔らかな舌が人さし指の関節を撫でる。
そしてそのままつぅっと指の腹まで舐め上げると、爪の先へと口付けて離れた。
「…甘いね」
ぱくり、と。
「甘い」と呟くなり、やんわりと指先を食む。
ともすれば先程舐め上げられたばかりの関節まで咥えられて。
強張った指先に、生温い舌が絡む。
皮膚へと直に感じる湿った呼吸の感触に、
ぞくりと背筋を奔った言い様の無い感覚に、
目の前の、突然の"男の"行為に翻弄されては、淡く甘い声を零した。
「ゃ、藍染、さん…っ」
ちゅっと音を立てて、ゆるやかな愛撫から解放される人さし指。
「甘い」
穏やかな笑顔。
しかしそれは同時に、しっかりと男の笑みを含んでいて。
何をか言わんと開きかけた彼女の唇を、
やはり笑顔で押し切って惣右介は再び捕らえたままのその指先へと視線を落とす。
人さし指の次は中指、ということだろう。
問答無用にもまた咥えられた中指。
くちゅ、と。
場を満たす、ささやかな水音。
そして中指の次は薬指、薬指の次は小指と、
順々に、丁寧に、丹念に味われていく指先。
「───…御馳走様」
気付けばきつく握り締めていたもう一方の手は、酸化した蜜でべたりと滲んでいた。
「?」
「………折角剥いた桃はどうするんですか」
「勿論、そっちも美味しく頂くよ」
「…太っても知りませんから」
「はは、幸せ太りなら本望。
幸福税として甘んじて肥えるとするよ」
『天高く、馬肥ゆる秋』つーワケで。
やらしいのは藍染さんじゃなくて白桃です。白桃なんですよ…!(必死)