万華鏡色の
世界


「今日はまた随分と我が侭だったね」


情事の後。
少しも腕ほどこうともせずそう言って、
楽しそうにまた嬉しそうにその人は微笑った。


「何かあったのかい?」
「べ、別にありませんが……たまには、いいでしょう?」
「まぁね」


この人の決して縛りつけない強さの独占欲が心地良くて。
やはりどうしたって心地良くて。
その腕に、体温に、鼓動に。
意識も身体も全てを預けて、委ねて私は息をする。
そうして呼吸するたびに肺を満たすその人の香り。
身体中に彼の存在が染み渡っていくような錯覚を覚えて、胸の内が甘く疼いた。


「たまにと言わず君ならいつでも大歓迎だが、僕は」


ああ、本当に。
私はこの人を糧に生きているのだと実感する。
彼の声を聞いてこの肺は呼吸し、彼の体温を求めてこの皮膚は外界を知り、
彼の鼓動を感じてはじめてこの心臓は添わすように脈打つ。

何て一方的な、依存。


「…あまり甘やかさないで下さい」
「何故?」
「何故、って…どんどん贅沢になっていってしまいます」
「なればいいじゃないか」
「…藍染さん」
「何か問題でもあるのかい?」
「あります」
「僕的には何の問題もないんだがなぁ」


今でさえこんなにも欲深いのに
これ以上甘やかされたら、本気でどうなってしまうか判らない


「…今ですら、これですよ?」
「ん?」
「今みたいに惣右介さんが意識しないで甘やかして、これなんですよ?」
「あ、ああ…?」
「それなのに、これ以上、上手く甘やかされたら…」
「…ああ」
「本気でどうなることか…」


恐怖とはまた違うそれ。
そう、言うなればそれは"危惧"。
この依存がいつか優しいこの人を押し潰してしまうのではないかと、
愛しいこの人を苦しめる日を招くのではないかという、予感と不安。





穏やかな声。
名を呼ばれて、気付けば瞑っていた瞼を上げれば、
まるで待ち構えていたかのようにしっかりと捕らえられる視線。


「そういう事なら何の問題もない」
「いえ、ですから…」
「それは僕も同じだからね」
「───…」
「僕だって、これだけ存分に君に甘やかされているんだ」


それこそ今みたいにね、と今度は男の表情で微笑って。


「こうやって君に甘やかされる度に僕はどんどん贅沢になってる。君に依存していく」
「それは違、ん…」


違う、と。
むしろ依存しているのは私だと。
今だって甘やかされてるのは私の方ではないか、と
抗議しようとして、ふわりと触れるだけのその唇にやんわりと阻まれた。


「それでも君は。
 その都度ちゃんとこうして僕のことを逃げずに受け入れてくれているだろう?」


それとも、そう思うのは僕の独りよがりかな?と、
そんな返答なんて判りきっているだろう質問をわざわざ周到にも用意して、
穏やかな笑顔まで添えて寄越す。
これは、既に彼のペース。

ああもう、本当に逃れられない。





「───…逃げるわけ、ないじゃないですか」





もう、逃げる気もないけれど。





「だから、僕も同じなんだよ」
「…何だかもの凄い論理の帰結ですね」
「そうかな?
 だが、あながち間違ってはいないだろう?」
「そういうことにしておきます」
「はは、らしいな」


そうやって、今日何度目かの間近な彼の笑い声に、
自分も軽く声をたてて微笑うことで答えて、もう一度その胸に身を預ける。


「…逃がさないで下さいね」
「おや、今更僕から逃げられると思っていたのかい?」
「ふふ、いいえ」


そしてまた。
とくん、とくん、と鳴る。
彼の鼓動を、心地良い心臓の音を感じながら。





「───惣右介さんに出会えて本当に良かった…」





鮮やかに色付いた世界を感じて、静かに目を閉じた。



『光音世界』の対になるようなモノをと思って書いた夢。